第ニ章 立夏のアルバイト
01.使役者ギルド
「じゃあお兄ちゃん。また夜に」
「うん。くれぐれも気をつけて……」
「なによ、くれぐれもって?」
ティーバ駅の前で
デニムのショートパンツからスラリと伸びた、細くてやや幼げながら張りのある太もも。
ショート丈のレースアップTシャツを合わせただけのシンプルな装いだけど、ヘソ出しコーデが健康的な色気を醸し出している。
世間の兄妹はあまり身内の外見を褒めたりしないらしいので心の中だけに留めておくけど……。
——やっぱり普通に可愛いよな、こいつ。
「その……ちょっと肌を出し過ぎじゃない?」
「ん? 心配してるの?」
「いいだろ別に。い・も・う・と! なんだし」
「別に悪いなんて言ってないけど……いつもそんなこと言わないのに、って思って」
私服の雫と出かけるなんて元の世界ではほとんど無かったけど、こちらではよくあったのかな?
「いつも思ってはいたんだよ。ただ、今日は嫌な予感がするって言うか……」
「もう! でまかせで縁起でもないこと言わないでよ!」
「別にでまかせってわけじゃ……。とにかく気を付けて」
「はいはい。お兄様は可愛い妹の無事でも祈っててくださ~い」
軽口を零してクスクスと笑うと、それでも最後は少し真顔になり、
「この後はモエちゃんと待ち合わせだし、帰りも遅くならないから大丈夫だよ」
「モエちゃん……」
確か、
こちらではまだ会ってないけど、元の世界ではちょくちょく家に遊びに来ていて、俺も挨拶を交わす程度の面識はあった。
休みの時だけだろうが薄っすら化粧なんかもして、軽めのボディータッチを交えながら俺にも馴れ馴れしく話しかけてくるちょっとおませな女子中生。
身長は雫より少し低いくらいだったけど、胸は倍くらいありそうだったな。
男好きのする可愛らしい顔立ちではあったけど、無遠慮に距離を詰めてくるような感じは正直苦手だった。
「じゃあ初美さん、お兄ちゃんをよろしくね!」
「らにゃー!」
雫の声にクロエが敬礼で答える。
昨夜のことに関してこの暴露妖精も何も言ってこないところを見ると、ほんとに初美には記憶がなさそうだ。
——クロエを生涯封印、なんてことにならなくてよかった。
雫が振り返ってもう一度手を振り、角を曲がって姿を消すのを見届けてから俺たちも反対側に向かって歩き出す。
ティーバ ——。
フナバシティもそれなりに大きな都市だけど、ティーバ州の州都でもあるこの街の規模はそれ以上だ。
街道には頻繁に魔動車が往来し、その間を縫うように多くの歩行者が行き交う。
経済・行政両面の集積地で、繁華街から少し外れるとしかつめらしい建築物も多い。
「なんですかここは! ふぁんたじーですか!?」
俺の手を握りながら、メアリーも目を丸くする。魔動車を見たのは今日が初めてなので、フナバシティを見た時以上に興奮しているようだ。
——メアリーだって十分にファンタジーだけどな。
十分程歩くと、趣のある巨大なゴシック様式の建造物が見えてくる。近づくと、建物を囲む生垣の中に『ギルドホール』と書かれた石柱が立っていた。
正門からホールに入ると、真っ先に目に止まったのは床に敷き詰められた赤いカーペット。
さらに、天井を支える荘厳なアーチと、そこから吊り下げらたいくつもの豪奢なシャンデリアを見上げながらメアリーがくるくると回る。
「なんですかここは! まほうのお城ですか!!」
その様子に、ホールですれ違う人からも『あの子、可愛い!』などと微笑ましい視線を向けられるメアリー。
「そこのチビっ子! 田舎者みたいで恥ずかしいからキョロキョロしないでよ」
ブルーに跨ったリリスからそう声を掛けられると、メアリーもキッと睨み返しながら、
「その発想がすでに田舎者です」
「このハイセンスでドレッシーな悪魔をつかまえて何言ってんのよ! とにかくあんたも普通にしてなさいって言ってんの!」
「普通じゃない存在が普通を語るなという感じです」
「ほんっと、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う……」
やはり、口はメアリーに分があるようだ。
「
「この先、もう少し奥に行ったところにゃん」
初美もすっかり元のハジデレに戻り、受け答えもクロエに任せきりだ。
ただ、以前ほど緊張した空気は感じられない。
メアリーがいるので二人きりではないというのもあるけど、オアラでだいぶ人慣れしたおかげもありそうだ。
「そう言えば初美の使い魔って、クロエだけなの?」
「もう一匹いるにゃん。シェードという闇精霊にゃん」
「へぇ! 強いの?」
「武器に闇属性を付加するのが得意にゃん。ちなみにクロエより顔面偏差値は低いにゃん」
「いわゆる
顔面偏差値はクロエの見解だろうな。
どうもこの精霊は、初美の考えだけじゃなく独自の意見もちょいちょい挟み込んでいるようだ。
「どうせ初美んは武器を持たないから使えないにゃん」
「でも、他のメンバーの武器に属性付与したりはできるんだろ?」
「闇属性は強力だけど、付与された方の魔力消費も激しいから相手を選ぶにゃん。あ、そう考えると紬んにピッタリにゃん! 結婚したらベストパートナーにゃん!」
「あ、うん……」
——それはどっちの意見だ?
「も、もう少し使い勝手のいいやつをテイムすればいいのに」
「クロエみたいににゃー」
「そうだなー(棒)」
「シェードはテイムしたわけじゃないにゃん。景品にゃん」
「景品!?」
使い魔って、何かの景品で貰ったりすることもできんの?
もう少し詳しい話を聞こうと口を開きかけた時、クロエが前方を指差す。
「あそこが
◇
あらかじめ用紙を用意していたこともあり、申請はあっさり終了した。
申請用紙を提出すると、生真面目そうな受け付けの女性が、オーバルフレームの眼鏡を中指でクイ上げしながらざっと内容をチェック。
一分も待たずに『結構です。申請を受け付けました』と言われ、それで終わり。
「ブルーのことはともかく、メアリーについてはもっと根掘り葉掘り質問されるかと思った」
「ここは申請を受け付けるだけだからにゃん。詳しい聞き取りが必要になった場合は、また呼び出しがあるらしいにゃん」
「そっか、まだ正式に使い魔として認められたわけじゃないのか」
「それほど心配することもないにゃん。使い魔は現況主義が原則だから、よほどのことがない限り申請イコール受理と考えて問題ないにゃん」
その時。
ホールの方から『いってぇな、コノヤロー!』と、男の怒声が聞こえてきた。
急いで事務所の外に出てみると、少し先で色黒の大男が仁王立ちになっているのが見えた。
その足元には——。
尻餅をつき、真っ青な顔で男を見上げるメアリーの姿が。
傍にいたブルーが俺の姿を見つけると、リリスを乗せたまま駆け寄ってくる。
「な、何があった!?」
「ぶ、ぶつかって! メアリーが、あの大男に、走ってたら!」
リリスもだいぶ慌てている。
すると、険しい目でメアリーを見下していた大男が「ん?」と、何かに気付いた様子でメアリーへ顔を近づけた。
「おまえ、人間じゃねぇな? 何で亜人のガキがこんなとこにいやがる!?」
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