07.痴女美

 風呂から上がって部屋に戻ると、メアリーと初美はつみの使う布団が二組並べて敷かれていた。

 一瞬、想像の中で寝乱ねみだれた初美の姿が、一週間前にオアラの浴場で倒れた彼女と重なってドキリとする。


——いかんいか~ん!


 頭を振って時計を見ると、すでに二十三時半。

 大した娯楽もないこの世界では就寝時間も自ずと早まっていたので、いつもならかなり眠気も強くなってくる時間なんだけど……何だか、まだ室内は騒がしい。


 ブルーは神水晶を、転がしては追っかけ転がしては追っかけを繰り返して遊んでいる。背中にまたがったリリスも楽しそうだ。


——新しい遊びか?


 メアリーとパジャマ姿の初美も布団の上でなにやら話し込んでいた。


 一緒にお風呂にも入ってだいぶ打ち解けられたかな?

 よく喋る初美は激レアで面白いけど、何を言い出すかハラハラして気が休まんねぇな……。


「じゃあ、はっつん・・・・はパパの幼馴染おさななじみなんですか?」

「うん」


——はっつん? 初美のことか?


「幼馴染なのに仲がいいんですか?」

「……なのに?」

「メアリーの幼馴染はムカつくやつばかりでしたので」

「メアリーちゃん、現在進行形で幼いのでは」

「こう見えてももう二十歳なんですよ! とくに男子はくだらないイタズラばかりしてきて最悪でした」

「それはきっと、メアリーちゃんと仲良くしたいからだよ」

「仲良くしたいのにイタズラしてくるんですか?」

「うん。小学生男子はアホな生き物だから」

「……しょーがくせい?」

「本来、幼馴染は最強ポジション。古今東西、幼馴染が勝つ物語は名作が多いよ」

「名作……例えば?」

「タ〇チ、トゥルーティ〇ーズ、メジ〇ー……」


——古今東西?


「ニセ〇イなんてかなりお勧め。幼馴染大勝利」


——あれは……ヒロイン全員幼馴染だからな。


「はっつんもパパが好きなんですか?」

「うん」

「パパのどこが好きなんですか?」

「声。あと、手と足。いわゆるパーツフェチというやつで……」

「ぱーつふぇち? 体が目的ということですか?」

「そうとも言う」

「こらこら! 変なこと教えんな!」


 お風呂でさっぱりすればいつもの初美に戻るかとも思ったけど、あいかわらず訳の分かんないことをペラペラと……。

 初美のやつ、明日はノドが枯れてるんじゃないか?

 ベッドに入るのはもう少し涼んでからにしたかったけど、これ以上起きていてもろくなことがなさそうだ。


「そろそろ寝るぞぉ~」


 皆に声を掛ける。


「まだ、はっつんのお話を聞きたいです」

「聞く必要はない。むしろ、聞いたことはすべて忘れてしまえ」


 初美の布団にしがみ付くメアリーを引きはがして隣の布団へ転がした拍子に、ぶかぶかの襟元から平らな胸が覗いた。

 よく見ると、メアリーが着ているのは見覚えのあるTシャツとショートパンツ。


——これって確か、しずくの……。あいつから借りたのか?


 慌てて視線を逸らしたが、自分でも鼓動が速まったのが分かる。

 メアリーも喋りさえしなければ超が付く美少女だ。

 クロエから監視委員会の話を聞いた時は、正直『馬鹿じゃねぇのこいつら?』と思ったけど、あなが杞憂きゆうとばかりも言ってられ——。


 ……っていやいやいや! まてまてまてぇ!

 ゆーてこいつ、見た目はコドモ、頭もコドモの実質JSだぞ?

 今夜は俺も、ちょっとワインを飲んだり痴女美に当てられたりして自律神経に変調をきたしているんだ……。そうに違いない……。


——寝よ寝よ! 寝て起きてリセットだ!


「そう言えば神水晶これで、いつもノームのクソジジィたちに見張られてるってことよね?」


 リリスが、ブルーの背中から神水晶を見下ろしながら尋ねる。


「そう思っててよくクソジジィって言えたな」

「向こうもそんなに暇じゃないですよ」と、メアリー。


 初美も俺たちの会話に首を傾げながら、


「それでこの部屋が……覗かれちゃう……ってこと?」

「やろうと思えばできるってだけの話だ。見たからどうなるもんでもないし、理由もなくそんなことしないだろ」


 とは言ってみたものの、わざわざこれを持たせたことには何か意味があるはずだ。

 いつ見られるか分からないというのもあまり気持ちのいい話じゃないし、見える所に出しておくのはやめておこう。

 タオルに包んで引き出しの奥に仕舞い込む。


「これでよし。向うからは見られない」

「……この密室で、パパはメアリーに何をするつもりですか?」

「何もしねぇよ! つか、全然密室違うし!」


 初美が、自分の布団に入りながら、


「メアリーちゃん。紬くんはむしろ、一人の時に見られることを警戒してるんだよ」

「一人のとき?」

「男子高校生は、毎日自分で処理しておかないとおかしくなっちゃうの」

「こーこーせー? 処理? ……って、何をですか?」

「毎日無駄に作られる子供の種。いわゆるマスターベー……むぐぐぐぅ~っ」


 俺に顔を枕で押さえつけられ、その下で両手をバタバタ動かしながらもがく初美。


「ぐっ……ぐるじっ……いきっ……できなっ……」

「もう何もしゃべるな! 早く寝ろ! 分かったか!」

「わ、わかっ……た……」


——ったく、酔っ払いはこれだから!


「じゃあ、灯りを消すぞ!」


 二つのランプから火を落とすと部屋はとたんに宵闇に包まれる。

 ぼんやりとカーテンの隅で揺れているのは隣の部屋から漏れているランプの灯りだろう。

 夏休みだし、いもうとが遅くまで本でも読んでいるのだろうか。

 

——なんか、疲れたなぁ……。


 地底を彷徨さまよっていた時も肉体的にはキツかったけど、一緒にいたのが可憐だったからこういう気苦労はなかった。

 無軌道な連中だけになるとここまでメンタルが削られるものなのか。


——初日からこれでは先が思いやられるぞ?


 いつもならとっくに寝ている時間なのに、ベッドに入っても様々な心配事が浮かんできてなかなか寝付けない。

 それでも、十分ほどでみんなの寝息が聞こえてくると、緊張感が緩んでようやく気分も落ち着いてくる。

 気が付けば隣室の灯りも消え、カーテン越しの月明りだけが優しく室内を照らしていた。


 もしかして、俺たちがさわがしすぎて雫も寝られなかったのかな?

 せめて家族には迷惑かけないようにしないと……。


 そんなことを考えながらゆっくりと意識を手放しかけた、その時——!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る