06.隠しイベント

 慌てて初美はつみのお泊りセットから視線を逸らすと、今度はリリスのジト目とぶつかる。


「な、なんだよ?」

「ん? 別にぃ」

「じゃあ、何でそんなジト~ッとした目つきで見てんだよ……」

「え? 普通ですけど? もしそう見えるなら、つむぎくんのやましい心がそう見せているのでは?」


——くっ……リリスのくせに生意気な。


「と、とりあえず初美……その、お泊りセットは鞄に仕舞っといてもらえるかな、使う直前まで」

「JKのパンツを前にして仕舞えとは、どういうことにゃん!」

「どうもこうもないだろ! つか故意犯かよ!?」

「そんなこと言って本当は、初美んのパンツを見るのが恥ずかしいだけにゃん!?」

「そうだけど?」


 仕方にゃいなぁ……と言うクロエに合わせてお泊りセットを鞄に戻す初美。


「そう言えば家に来た時『忘れ物を届けに来た』って言ってたけど、あれは何だったの?」

「そうそう、これにゃん」


 初美が、今度は鞄から一枚の申込用紙のようなものを取り出す。


「登録申請書? 使い魔の?」

「そうにゃん。明日の昼、使役者テイマーズギルドに行くって聞いたから、必要になると思って持ってきたにゃん」


 確かに明日、メアリーとブルーの登録申請のためにギルド会館へ行く予定を立てていた。

 通常、新しい使い魔が増えたり使い魔の進化が認められた場合は、一か月以内にギルドへ届け出る必要があるらしいのだ。


 ちなみにリリスは、母さんにればすでに届け出を済ませてあるとのこと。おそらく世界改変で俺の使い魔にされた時に、その辺の手続き関係もいい感じにアジャストしてくれたんだろう。


「でも普通、こういう用紙ってギルドホールにも置いてあるものじゃ?」

「当たり前にゃん」

「じゃあ、なんでわざわざ持ってきたの?」

「紬んちに来るための口実に決まってるにゃぁぁ……ぁぁ……ぁ……」


 あ、ついにクロエ、ケースに戻されちまったか。

 さっきの回想パートで監視委員会とやらの作戦はバレバレだし、今さらだけどな。


「じゃあせっかくだし、今のうちに記入しておくか」


 机に座り、引き出しからペンを取り出す。こちらに来てから買ったもので、毛細管現象を利用した万年筆のような仕組みらしい。

 元の世界の筆記用具に比べれば使い勝手は悪いけど、ファンタジーでお約束のつけペン文化でなかっただけマシか。


——え~っと、俺の登録番号は確か〝1000706〟だったっけ。


 ■使役者登録番号:1000706


 ■使い魔名:ブルー

 ■種族:ベビーパンサー

 ■使役形態:捕獲テイム

 ■性別:不明

 ■主な特技スキル:虫獲り


 ■使い魔名:メアリー

 ■種族:ノーム

 ■使役形態:契約

 ■性別:女性

 ■主な特技スキル治癒キュアー結界バイセマ雀拳ジャンケン


 メアリーが用紙を覗き込んで小首を傾げる。


「ふつう、こういう公的な書類は本名で書くものでは?」

「お? 珍しく正論だな」

「シャーマンなんだから正論に決まってるじゃないですか! フシンジンです!」

「まあ、あれだ。ブルーだって俺が勝手に付けただけだし、普段の呼び方でいいんじゃねぇの?」

「そういう仕組み?」

「うん、そういう仕組み」


 チラリと横を見ると、初美もコクンと頷いている。

 いや……眠いだけか?


「そもそもあの本名は長すぎる。未だに覚えられん」

「パートナーの本名も覚えられないとか……先が思いやられますよ」

「おまえがそれを言う?」


 その時、風呂から出て二階に上って来たしずくが顔を出し『お次どうぞ』と声を掛けてきた。


「じゃあ、メアリーとリリス、おまえたち先に入ってこいよ」

「分かりました。行きますよ、りりっぺ!」

「こら、呼び方! もっとうやまえ! リリス先輩って呼びなさい!」

「ぷっ! あはははは♪」

「笑うとこじゃねぇ——し!」

「リリス先輩って……あはははは♪」

「何が可笑しいのよ⁉ こら! ちょっと待ちなさい!」


 うるせぇ~。

 仲がいいのか悪いのかよく分からないけど、これから毎日あんな調子なのか?

 なんか頭痛くなってきた……。


「私は……」


——え?


 思わず部屋を見回す。……が、誰もいない。

 今、確かに声が聞こえたような気がしたんだけど……空耳か?

 やっべ……少ししか飲んでないのに、俺も酔ってんのか?


「私は……水着持ってきた」

「おおっ⁉」


——いた! 一人残ってた!


「は、初美!? しゃ……喋った!?」

「う……ん」


 そっか。酔って口が回るようになったのか?

 ……ってか、何だって? 水着?

 

「確かに、他所んちで裸になるのってちょっと気恥ずかしい感じはあるけど……」

「違う。一緒に……入ろうと思って……紬くんと」

「は? 無理無理無理! 子供のころと違うから!」

「合宿でも……一緒に入ったし」

「おかげでえらい目に遭ったじゃん! それに、うちの湯船はあんなに広くないから。二人で入ったりしたらギューギューだよ!」

「……好都合」

「何が!?」


 ほんとに、いつもの初美と同一人物か⁉

 そういや以前、初美と食事に行った時、クロエが変なこと言ってたな……。


〝初美んがお酒を飲むと大変なことになるにゃん!〟 

〝隠しイベントが発生するから、やめた方がいいにゃん!〟


——これか! これのことか!


「今日は水着だから……安心して」

「それで何を安心しろと!?」

「タオルじゃないから肌蹴ない。しかも、紬くんの好きなスク水着。しかも、セパレートタイプ」

「そんなこと一言も言った覚えはないが!?」

「監視が、私の仕事……ツインテが言ってた……」

「ツインテ? ああ、華瑠亜かるあのこと? じゃあ、メアリーの方を監視したら? メアリーとなら一緒に入ってもそんなに狭くないと思うし」


——華瑠亜! おまえの送り込んだ監視員、超やべーぞ!


「お~い! リリスぅ~! お風呂、まだ入ってない~?」


 部屋から顔を出し、一階へ向かって声を掛けると「なぁにぃ~?」と返事をしながらリリスが飛んできた。

 さらに、何故かその後を追いかけてくるメアリー。


初美はつみも一緒にお風呂に入れてやって? なんか、一人だと心細いらしいから」

「はぁ~い」

「パパ? さっき話してた〝C〟のセックとはなんですか?」

「は? な、何だメアリー、藪から棒に……」

「気になっていたのですが、学のないりりっぺに聞いてもよく分からないみたいなので」

「学はあるわよ! ただ、あんたにはまだ早いって言ってんの!」


 リリスが顔を赤らめながらメアリーを怒鳴りつける。

 直後——。


「正式名称はセックス。……つまり、性行為のこと。男性器を女性——」

「どわあぁぁぁぁ————!」


 俺は慌てて初美の口を手で塞いだ。


「むぐ……女性器の……むぐぐぐ……中に……」

「こら! やめろ! ストォ——ップ!」

「ど、どうしたの初美ちゃん!? 何かに取り憑かれた!?」


 リリスが目を丸くする。

 

「今はいつもの初美じゃない! ワインに取り憑かれて痴女美になってる!」

「ええ! ちじょみに!? ……って、何?」

「とにかくABCの話はなしだ。俺があとで噛み砕いて教えるから、初美は何も教えなくていい。分かった?」


 俺に口を塞がれた状態で目だけをこちらへ向け、コクコクと頷く初美。

 ほんとに、大丈夫だろうか?


「リリスも注意しといてくれ。痴女美状態の時は何を言い出すか分からん」

「わ、分かったよ」


 一階へ下りていく三人を見送りながら、俺は痛感していた。

 お酒は二十歳になってから——。

 日本の法律は正しかったんだ。

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