05.お泊りセット

「……と言うわけにゃん!」

「え? どう言うわけ? 全然分かんないんだけど? なんだよサポートって……つか最後、おかしな団体名に変わってなかったか⁉」

「細かいこと気にするでないにゃん。ハゲるにゃん」


 初美はつみが加わった後もしばらく誕生日会を続けていたんだけど、酔ってご機嫌になった父さんが、


「紬くんとはどこまでいってるの? A? B? C?」


 などと加齢臭漂うクソ質問を彼女にし始めたので、そろそろ切り上げ時だと思いみんなで俺の部屋へ上がってきたところだ。

 初美も初美で、ABCの意味を知らなかったらしく父さんに聞き返していたけど、臆面もなく説明にうなずいている様子は明らかにいつもの彼女ではなかった。


——ワインに口を付けいていたみたいだし、アルコールのせいか?


 時計を見ると、すでに夜の九時を回っている。

 こんな時間に息子の部屋に女友達が入るなど元の世界の親なら眉をひそめそうなものだが、この世界は十四歳で成人扱いというのもあるし、幼い頃は互いの家を気軽に行き来していた幼馴染のせいか親も脇が甘い。


 そもそも、この世界の男女の習俗に関する温度感も、元の世界に比べるとかなりゆるい。

 夜這いと見合いが文化だった日本の平安時代になんとなくノリ・・が似ている気がする……想像だけど。


「で、その、監視委員会おまえらは具体的に、何をする気なんだ?」

「紬くんとメアリーちゃんの間に間違いが起こらないよう監視するにゃん」

「起こらないわそんなもん!」

「分からないにゃん。すでに全裸夜這いとベロチューの前科があるにゃん」

「言い方に悪意を感じる……。それに、ベロち……に関しては事実無根——」

「無根ではないにゃん」

「ま、まあそうだけど……リリスや可憐からも説明は受けたんだろ? 舌は入れてないって」

「入れてないにゃん?」

「い、入れてないにゃん」

「なんだか怪しいにゃん……」


 クロエと初美が揃ってジト目に変わる。

 この猫語精霊が暴走して初美が赤面する、というパターンは何度も見ているけど、こんなセンシュアルな話題でも初美が照れずに直視してくるのは珍しい。


「間違い、ってなんですか?」横からメアリーが口を挟む。

「恋人たちの営みのことにゃん。一昔前ならABCの隠語で知られてるにゃん」


 と、覚えたての知識を披露する初美。


「えーびーしー?」

「Aはキス、Bはペッティング、Cはセック——」

「どわあぁぁぁぁ——————!!」

 

 俺は慌ててクロエの口を塞ぐ。

 初めて触ったが、リリスより凄くフワフワしていて、例えるなら綿アメのような感覚。リリスほどしっかりとした質量も感じられない。


——これがいわゆる〝精霊〟というやつか?


「おまえ、子供になんてこと教えてんだよ!」

「クロエじゃにゃいにゃん! 初美んにゃん! って言うか気軽に触るにゃっ!」

「ご、ごめん、思わず……」

「クロエは使役者の心を代弁しているだけにゃん。以後、クレームは初美んに直接伝えるにゃん」

「わ、分かった……」

「それで、ぺってぃんぐとは何ですか?」


 質問を続けるメアリー。


——まさか初美、こんな質問に答えないよな?


「服を脱いでお互いの体を触り合うことにゃん。つまり、男性器を女性器に挿入しない状態で行う性行為……端的にいうと、愛撫のことにゃん」


——よ、淀みなく言い切りやがった……。


「それが間違いなんですか? それなら、メアリーとパパはとっくにびー——」

「Bじゃない! 人聞き悪いことゆーな! 確かに緊急事態でベッドに隠れはしたけど、触り合っちゃいないだろ!」


 それにしても、おかしい。

 赤面してるのはいつもの初美だが、視線もジト目で……と言うより、据わってる?

 まさか、ほんの一口二口のワインで酔っ払ったのか?


「な、な、何なのよ今日の初美ちゃんは! し、下ネタとか、らしくないよ!」


 リリスの顔の方がよほど真っ赤っかだ。

 こいつはこいつでまったくサキュバスらしくないけど。


「もう今日は遅いし、家まで送るからからそろそろ出ようぜ?」


 これ以上ここで話していてもロクなことにならなそうだ。


 初美を送るために腰を上げかけたその時——。

 階段を上って来る足音に続いて、母さんが部屋に顔を出す。


「今、初美ちゃんの家に連絡してね、もう遅いから今夜はうちに泊めますって言っておいたから。初美ちゃんも久しぶりにゆっくりしていきなさいな」

「ええっ? 今送っていこうと思ってたのに!? どうやって寝るんだよ⁉」

「お布団で横になって……」

「姿勢は聞いてない! その布団を敷く場所を聞いてんの!」

「ここの部屋でいいじゃない。いつもお泊りの時はそうしてたでしょ?」

「いつもって……それ、ガキの頃の話だろ? あの頃はしずくも同じ部屋だったし」

「今だってリリスちゃんやメアリーちゃんが一緒じゃない」

「そ、そりゃそうだけど、こいつら熟睡するし……。年頃の男女を同じ部屋で寝かせて間違いでもあったらどうすんの? 親としてそいうの心配じゃないわけ?」

「ん? あんた、間違い起こすつもりなの?」

「起こさないが!?」

「じゃあいいじゃない。実は美奈子さん……初美ちゃんのお母さんね? 彼女も、なんだったら同衾どうきんでも何でもさせてくださいって言ってたし」

「なんて親だ!」

「美奈子さん、昔からあんたのこと結構気に入ってたし、初美ちゃんも大人しいから心配みたいよ? 初美ちゃんは可愛いし、母さんたちも別に間違いがあってもいいかなって思ってるんだけど」

「いやダメだろ! つか、母さんたち? たちって誰!?」


 どうなってんだよ、この世界の貞操観念は?

 さすがにユル過ぎないか?

 これがこの世界の普通なのか?

 それとも、うちや初美んちが特別?


「ま、あんたにそんな甲斐性があればですけどね~」と言いながら階段を下りてゆく母さん。


 確かに治安も良くはないし、夜遅くに出歩くくらいなら、という判断も分からなくはないけど……。

 それにしても、年頃の男女を同部屋に寝かせるというのはいかがなものか?

 いくら成人してると言っても、例えば元の世界の十八歳同士だって普通の親なら一緒の部屋には寝かせないだろう。

 メアリーとリリスもいる傍で間違いなんて起こらないと高をくくっているんだろうか?


 初美が、鞄からパジャマやタオルを取り出してテーブルの上に重ね始める。


「そ、それは?」

「お泊りセットだにゃん」

「準備万端だなおい!」


 最後は、まるで俺の存在など忘れているかのように、替えの黒いショーツを一番上に載せて満足そうな表情に変わる初美。


——あり得ない大胆さ! ほんとにあの初美か!?

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