第二部 異世界サマー・バケーション(後編)

第一章 監視委員会

01.これからお世話します

「はじめまして。メアリーです!」

「はじめまして……」

「これからお世話します。がんばります」

「え? お世話、してくれるの?」

「はい。パパからそう頼まれましたので」

「パパ? あなたの? とりあえずよろしくね?」


 自己紹介らしきものを始めたメアリーに、出迎えた母さんがキョトンフェイスで対応する。


 昨日、地下から脱出したあとは紅来くくるの別荘で一泊し、今日の午後オアラから帰ってきたのだ。

 どうやら事前に連絡を受けていた家族が、帰還祝いの晩餐を準備をしてくれていたらしい。


「食事の用意もできているから、とりあえず上がって? お話はあとでゆっくり聞くわ」

「わかりました」

「ちょっと待った、メアリー!」

「なんですか?」

「……まあ、呼び方はもうパパで慣れちゃったし仕方ないけど、俺とケッコンだの娘になるだの、そういう変な設定の話はするなよ? ややこしくなるから」

「分かってますよ。何度も同じ話をしないでください。あ、もしかして話したのを忘れているとか? 頭、大丈夫です?」

「やかましい。あと、靴は脱いで」


 メアリーが寸刻すんこく、全員の足下を確認してから再び顔を上げ、


「わざわざ? めんどくさいです」

「俺もそう思うけど、そう改変されちまったんだから仕方ない」

「かいへん?」

「いいから言う通りにして。玄関で内外を分けるのは日本人にんげん独特の境界感覚なの」

「ハァ……人間社会に慣れるのも大変です……と、メアリーはぐちります」


 ぶつぶつ言いながらかまちに腰を下ろし、編み上げブーツの紐をほどき始めるメアリー。

 ふと気が付くと、しずくが奥の部屋から顔を覗かせて手招きをしている。上がって傍に行くと、


「どうしたのあの子!? 使い魔が増えたって聞いてたけど、まさかあれが?」

「うん、まあ……」

「あれ、亜人でしょ!? 魔力は大丈夫なの!?」

「まあなんとか……」

「ふえ~」


 魔力無尽蔵の俺にはピンとこないが、同じ使い魔でも無知性な魔物を使役するのとメアリーのような亜人と契約を交わすのでは難易度に大きな隔たりがあるらしい。

 オアラで一緒だったみんなの話から推察すると、元の世界で例えるなら昨日まで平凡な男子高生をやってた息子が、ある日突然ノーベル賞をもらったくらいのインパクトはあるようだ。


——そんなの、どうやって説明すれば納得してもらえんだ?


 食堂ダイニングに入ると父さんも席に着いて待っていたので、改めて家族全員にメアリーを紹介する。


「この子が、今度俺と使役契約を結ぶことになった、ノーム族のメ——」

「パパとケッコンはしないし、娘でもないメアリーです。よろしくお願いします」

「……余計な説明はしなくていい」


 家族の表情を見る限り、案の定みんな戸惑っているようだけど、かと言って俺の説明に疑問を持つとか不審を抱くとか、そう言った様子も見られない。

 メアリーと言う亜人の使い魔が目の前に現れたという厳然たる事実は、他のどんな理屈よりも説得力のある説明になっているようだ。

 百聞は一見にしかず。

 各自で脳内補正してくれるなら、それはそれで助かるけど。


「紬くん! あれ見て! すごい!」


 リリスが騒ぐのも無理はない。

 ダイニングテーブルには元の世界の我が家でも見たことがないような豪華な料理が並べられていたからだ。

 中央に据えられた大皿にはマスカットやオレンジなど色とりどりの果実が敷き詰められ、その上に存在感タップリのローストターキーがドンと鎮座している。


——あの丸焼きだけでも向こうだったら二万円は下らないぞ?


 各人の席には大きな肉と野菜がゴロゴロと入ったビーフシチュー。上には目玉焼きも載っている。

 シーザーサラダと、その横にはパンにホワイトソースを乗せて焼かれたパングラタン。さらにライスまで添えられていた。


「むほ~っ♡」


 ポーチからテーブルの上へふわりと飛び移ったリリスを見て、雫が目を丸くして俺の袖を引っ張る


「リリスちゃん、飛べるようになってる!?」

「うん、こいつのおかげ」


 左手を上げて雫に見せたのは、くだんのムーンストーンの指輪だ。


「魔石じゃん! どうしたのそれ!?」

「今回の合宿の戦利品みたいなもんかな」


 母さんが俺の隣にもう一つ椅子を用意すると、メアリーもそこにちょこんと腰掛ける。リリスほど我を忘れてはいないけれど、豪華な食卓にやはり目を輝かせている。


——俺の帰還を祝うために、こんな手の込んだ準備を……。


 食事の豪華さよりも、それを用意してくれた家族の心遣いが胸に染みて少し目頭が熱くなる。

 この世界に来て以来、家族でありながらもなんとなく自分の居場所とは違うような、他所よそのお宅にお邪魔しているような妙な感覚がつき纏っていた。

 でも、やっぱりこの世界でも俺は家族の一員として大事に思われていたんだ!


「それで……メアリーちゃんはどこで暮らすつもりなんだ?」


 一通り挨拶が終わったあとで、父さんが尋ねてくる。

 亜人はファミリアケースに収納できないし、家もそれほど広いわけじゃない。ここで同居して俺と間違いでも起こされれば社会問題にも発展しかねないし、親としては渋面を見せるのも当然だろう。

 実際、過去にはそれで大事件になった例もあるらしい。


 次善の策として石動いするぎ(可憐)邸に預かってもらう案も出ているけれど、マナ供給の問題もあるし、何より使い魔として契約したのは俺だ。


「できれば、ここで同居って形にさせて欲しいんだけど……」


 聞かれたついでに恐る恐る切り出してみると、


「まぁいいんじゃないか?」

「え? いいの?」

「使い魔なんだから仕方ないだろう……。なあ、母さん?」

「そうね」


 グラスと赤ワインの瓶を持ってキッチンから出てきた母さんも、メアリーを見ながらうなずくく。


「紬がテイマー目指すって言い出した時から、いろいろ連れてくるのは覚悟してたから」

「そ、そういうもの?」

「知り合いにもテイマーの息子さんがいて、在学中はいろいろ増えて大変だったって言ってたし。まあ、さすがに亜人を連れてくるとは思ってなかったけど」

「そうなんだ……」

「ただ、ここに置いておけるのは在学中だけよ? 卒業後も魔力職に就くつもりなら、そこからは自分でなんとかなさい」

「分かった」


 いや、よく分かってないけど、この世界の進路的なことについては今度誰かに確認してみよう。


「ほら紬、ボォ~ッとしてないで、メアリーちゃんにも料理を取り分けてあげなさいよ」

「あ、ああ、うん……取り皿は?」

「台所でしょ」

「そ、そうだね。取ってくる……」


 俺の帰還祝いなのに人遣いが荒いなぁ。

 五日間も行方不明だった息子が帰ってきたわりには、さっきから質問はメアリーのことばかりだし……。

 なんとなく腑に落ちなくなってきて一応確認してみる。


「俺、結構大変だったのは知ってるよね?」

「地底に落ちてたって件でしょ? 知ってるわよ、連絡もらったし」


 母さんが、人数分のワインを注ぎながら返事をする。


「そのわりにはなんか……。いや、別にいたわってくれとかそういうことを言ってるわけじゃないけど……リアクション薄くね?」

「なんで母さんがあんたにリアクション取らなきゃならないのよ。ライフテールも光ってるから大丈夫だって聞いてたし」

「誰から?」

鷺宮さぎみや先生、だっけ? のんびりした感じで慌てた様子もなかったから、大したことなさそうだなとは思ってたけど……違うの?」


 なるほど。

 物足りない感じはあるけど、家族に余計な心配をかけずに済んだって意味では優奈先生のグッジョブだったのか?

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