04.リリス編 その参

 最も近くにいる者、ってもしかして――。


「おまえのことかっ!?」

「え? 私?」

「おまえの説明が本当なら、ループから抜け出して目覚めるには、おまえを幸せにすればいい、ってことになるんじゃ?」


 俺の説明を聞いて、リリスが深く首肯する。


「それだ! さもありなんっ!」

「何が〝さもありなん〟だよ。……でも、おまえだって毎回それなりに楽しそうにしてたぞ」

「そうなの?」

「結構、いろんな食べ物、奢ってやったからな……」

「ほんとにっ!? なんでそれ、覚えてないのよ私!」


 ……と、悔しそうに顔を歪めてクッションにパンチを入れるリリス。

 そりゃそうだろ。おまえにとってはこれから起こることなんだから。


「食い物以外で、お前を幸せにする方法なんてあるのかよ?」

「何よ! 人を食い意地オバケみたいに言わないでよ!」

「じゃあ、他にどうやったら幸せになるんだよ、おまえは……?」

「そんなふんわりしたこと急に言われても……すぐには思い浮かばないよ」


 その時。

 何かに気付いたように、リリスがポンッと手で槌を打つ。


「そっか!」

「な、なんだ?」

「私はサキュバス!」

「それは、さっき聞いたけど……」


 俺の拍子抜けした声に、リリスが顔をしかめて唇を突き出す。


「鈍いなぁ。私が紬くんのもとに来た目的、お忘れですか?」

「忘れたも何も、聞いたことねぇし……。腹が減ったからじゃないのか?」

「違うわよっ!」


 リリスが両手を振り回しながらほほを膨らませる。

 サキュバスの目的って言ったら、普通は……。


「もしかして、俺の、精液……的な!?」

「ばっ……ばっかじゃないの! そんなわけないじゃん! 紬くんのスケベ! 変態っ! 淫魔っ!」

「淫魔はおまえだろ」

「確かに精液とか言ってたけどね、ラウラ先生も!」

「……誰かな?」

「私は、もっとこう、なんて言うか……トキメキと言うか、精神的な充実感が欲しいんだよ……」

「どうしたら充実すんだよ?」

「た、例えば、あれよ……キ、キ、キ、キッ、キッ、キッ、キッ、キッ……」

「キッスとか?」

「ぎゃ――っ!」と叫びながら、再びクッションにパンチを入れまくるリリス。

「つ、紬くん、なんでそんな、はっきり言うかなぁ!?」

「純情か!」


 なんでこいつ、こんなゆでだこ・・・・みたいになってんだ?

 俺のイメージでは、サキュバスってもっとこう、魔性の魅力で男を誘惑するエロエロ~ンな感じの悪魔だと思ってたんだけど……実際は違うのか?


「キスなんかでいいの?」

「なぁに? もっと他のことがしたいの!?」

「いや、俺はいいんだけどさ……。サキュバスっていうくらいだから、もっと何か、ものすごいこと要求されるかと思ってたから」

「な、何よ、ものすごいことって!? まさか、セ、セ、セ、セッ、セック……」

「……いいよ……キスで」


 とにかく、二度と起きられなくなるのだけはごめんだ。


「じゃ、さっそくやってくれ」と、椅子に座ってリリスにも届くよう、机の上に顔を近づける。

「え? 私からするの?」

「だって、サキュバスってそういうもんじゃないの? なんか、痴女的な……」

「んっと……なんだろ。その〝さあこい!〟みたいなノリだと、ちょっと照れるっていうか……」

「ならどうするんだよ!? さりげなく過ごしてるから、適当にやってくれる?」

「そ、それもなんか……ちょっと、白々しくない?」

「おまえ、本当にサキュバス!?」

「じゃ、じゃあさ、紬くんからきてよ」

「ん? 別にいいけど……それもありなの?」

「うんうん、ありあり! もーまんたい!」

「じゃあ、さっそく試すぞ?」と、リリスを持ち上げようとすると……。

「ちょ、ちょっと待って!」


 机の上から、すぐ脇のベッドへ飛び降りるリリス。

 と、同時に、青白い光に包まれたかと思うと、目の前に現れたのは――


「り……リリス……たん!?」


 身長、約百五十センチ……背丈はトゥクヴァルスで見た等身大リリスだ。

 だが、しかし――。


 サファイアのように碧く輝く、アホ毛の跳ねたショートボブ。

 胸と腰だけを隠した黒いボンデージファッションにニーハイブーツとウェットルックグローブ。

 背中にはコウモリの翼をかたどったようなデコレーション。


 いわゆる、とびっきりセクシーな小悪魔コスプレのリリスたんだ。

 い、いや、リリスたんですらないぞ! 誰だこいつ!?


「な……何よリリスたんって!」


 ほほを赤らめたまま呟く少女の声は、やはりリリスのまま。

 でも、姿形は……。


「おまえ……どうしたんだよそのコスプレ……」

「コスプレ違う! 私はサキュバス!」

「だから、それはさっき聞いたけど……」

「これは、魔界ハイスクールの制服。夢の中なら私のホームグラウンドみたいなものだし、これぐらい余裕だよ」


――ホームのわりには、いろいろ気付くのが遅くね?


「それにしたっておまえ……わざわざそんな服じゃなくても……」

「あ、あんまり見ないでよねっ! 恥ずかしいし!」

「じゃあ、なんでそんな格好になったんだよ!」


 マイクロサイズの胸当てとミニスカートを押さえながら、ゆでダコのごとく頭皮まで赤く染めるリリス。


「そ、それは、だって、ファーストキスはやっぱり、本来の自分の姿でしたいっていうか……」


 そう言いながら、リリスがゆっくりと身体を倒し、ベッドの上で仰向けになる。

 マイクロミニのスカートから下着が見えそうになり、思わず俺も視線を逸らす。


「ファ……ファーストなの?」

「そ、そうだけど? ……悪い?」

「いや、悪くはないけど……どうせ覚めたら忘れるんだろ? どうでもよくね?」


 俺の言葉を聞いて、リリスの眉尻がみるみる吊り上がる。


「わ、私はね、今日を生きてるんだよ! 今日が生涯最善の日になるように生きてるんだよ! 明日のことを考えて今日を疎かにするような、そんな生き方――」

「わ、分かった分かった! もういい! とにかく、試してみよう!」


 夢魔リリスに幸福感を与えるのが目的なんだし、好きなようにやらせよう。

 リリスが胸の前で手を組み、「じゃあ……はい!」と、覚悟を決めたようにそっと目を閉じる。

 さっきまではちびリリスだったから、大して意識もしていなかったが……。


 目の前に横たわる、等身大の美少女が相手となれば話は別だ。

 これじゃあまるで、普通のラブシーンじゃないか!

 リリスに負けず劣らず、今の俺もかなり頬が火照っているに違いない。


「い、いいんだな?」

「う、うん……」


 俺も、ベッドの上に片膝を付き、ゆっくりと前屈みになる。


「ほ……ほんとに、いいんだな?」

「さっさとやってよ、緊張するから!」


――夢だ夢! これは夢の中なんだ!


 横たわるリリスの両側に両手をつき、顔に顔を近づけ、唇に唇を近づける。

 隙間なく閉じられていたリリスの薄桃色の花唇かしんが、わずかに開く。

 お互いの息遣いが口元で感じられるくらいに迫り、俺もそっと目を閉じる。


 次の瞬間――……

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