03.リリス編 その弐

「なるほどなるほど……謎はすべて解けた!」


 俺の話を聞き終わり、リリスがしたり顔で二、三度頷く。


「多分だけどそれ、〝ドリーム・ラビリンス〟だよ」

「どりぃむらびりんす?」

「簡単にいうと〝夢の迷宮〟ね」

「ただの直訳じゃねぇか……。で、なんだよそれ?」

「夢魔の病気みたいなものかな」

「むま? ってあの……〝バク〟みたいな?」

「なんで和風なのよ! 夢魔って言ったらサキュバスでしょ普通!」

「そうか? まあ、なんでもいいけど……」


 そういえば、机の上の本もそんなタイトルだったな……。


「で、その夢魔の病気とやらと、今の俺の状態になんの関係が?」

「えっと……魔界には夢魔っていうのがいて、精神的に不安定になったりすると、まれに自分の夢の中で延々ループする症状に見舞われるのよ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 魔界とか夢魔とか、突然そんな話されても……」

「そこはまるっと飲み込んでくれないと話を進められない」


 まあ、こんな世界にいること自体が超現実離れ状態だし、魔界だろうが悪魔だろうが、今さら何が出てきても不思議ではないのだが……。

 とりあえず細かいツッコミは一旦脇に置いて、こいつの話を聞いてみるしかなさそうだ。


「じゃあ、それはいいとして……なんでその、夢の迷宮とやらが俺の頭の中に?」

「それは、あれよ……私もサキュバスじゃん?」

「じゃん、って言われても……そうなの!? おまえ今まで、そんなこと一度も……」

「サキュバスなの! まるっと!」

「は、はい……」


――頭がついていかねぇ……。


「だとしたら、そんなにあっさりカミングアウトしていいのか? おまえずっと、自分の素性は隠してたじゃん」

「大丈夫。覚めたら忘れてるはずだから。私も、ドリームラビリンスのことは知識として知ってるだけだけど……」

「ってことは、ここはお前の夢の中ってこと?」

「ううん、ここはあくまでも紬くんの夢。私にはまったくループの違和感がないし、キーアイテムもない。原因は分からないけど、私の精神的なストレスが紬くんに影響を与えたんじゃないかな」

「ストレス!? まさか!」

「まさかって、何よ?」

「い、いや……」


 こいつの能天気な暮らしぶりのどこに、ストレスの原因が??

 そんなものとは世界一縁遠い気もするが……いや、今はそんなことより――。


「キーアイテム……って、もしかして、これとか?」


 と、左手首のブレスレットを指差す。


「うん。ドリームラビリンス内では、ループする度に少しずつアイテムが蓄積されて、いつかループに気が付くようになっているらしいの」

「ふ~ん……」


 しかし、まだ腑に落ちない点はある。


「でも、俺の夢なら、バザール会場のこととか可憐の謹慎のこととか……もともと知らないことを夢で知るのはおかしくない? それとも、あれも全部俺の空想?」


 自分が昏睡状態であることすら気付いていなかったのに、夢の中で出会った何人かが知っていたのも説明がつかない。


「う~ん、便宜上、夢とは言ってるけど、正確には精神感応みたいな現象なんだよ」

「せいしんかんのう?」

「つまり、この夢の設定は紬くんの脳が作り出したものだけど、構築の際には、登場人物の記憶によってどんどん補完されていくの」


 要するに、登場人物の記憶も自分の記憶として夢の構築に利用されるのだそうだ。

 まあ、どうせ忘れるらしいし、細かいことは気にしないことにしよう。


 それよりも問題は――。


「で、結局のところ、どうやったらここから抜け出せるわけ?」

「ループの度に同じ覚醒キーワードが提示されてるはずだよ。何か思い出さない?」

「そんなこと言われても……今日、もう一回バザール会場に行けば分かるかも?」

「ループに気付いたあとじゃ、もう出てこない。それに、キーアイテムがそんなに揃ってるってことはもう、ほとんど猶予がないよ。紬くん、能天気過ぎだよ!」

「否定はしないが、おまえに言われると腹立つな……」


 リリスによると、このまま夢から覚めない場合は脳自体が〝昏衰〟と呼ばれる状態に陥り、二度と目覚めることができなくなるらしい。


――えらいこっちゃ!


「キーワード、キーワード……そ、そう言えば!」


 ふっと思い出して、紅来からもらった記念メダルを裏返してみる。

 そこには――。


【汝の近傍者の至福のみが汝を悪夢から解放する】


 悪夢、解放……間違いない! キーワードはこれだっ!

 確かに、ループする度にこれと同じような言葉を見聞きしていた!


「今、最も近くにいる者を幸せにしろ……みたいな意味だよな……」

「それがキーワードなの?」

「うん、ループする度に似たような言葉が出てきたし、たぶんこれだと……」


 でも、立夏や麗、それに華瑠亜だって――。


「俺の行動で喜んでたっぽいやつも何人かいたはずなんだよ。それでもループから抜け出せてないって、どういうことだ?」

「それ、違うよ、紬くん」

「ん?」

「キーワードが示す答えは一つ。喜ばせた相手がバラバラなら、それは答えが間違ってるってことだよ」


 はあ? どう考えたって〝今、最も近くにいる者〟って言われたら、そのとき会っていた人物だろ? それ以外で、いつでも傍にいたやつなんて……。

 と、そこまで考えて、ハッとリリスの額に視線をあてる。


「ん?」と、小首を傾げるリリス。


 最も近くにいる者、ってもしかして――。


「おまえのことかっ!?」

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