02-6.藤崎華瑠亜 編

「あれ、紬?」


 バザール会場で露店巡りをしている途中、不意に声をかけれて振り返ると。

 赤いプリーツスカートに黒のニーハイソックス、背に連弩ボウガンを担いだ、見覚えのある金色のツインテール……。 


「華瑠亜!?」

「な、なんであんたが、ここに?」

「なんでって……地元だし、いいだろ、いても」


 俺の足元を見たあと、ゆっくりと視線を上げて俺の顔を覗き込む華瑠亜。

 さらに二、三度同じ動きを繰り返してから、


「足はあるし……幽霊ではなさそうね……。生霊いきりょう?」

「なんだよ生霊って! 本物にきまってんだろ!」

「だって、昏睡状態だって聞いてたから……」

「昏睡? 誰からそんな情報を?」

「可憐のお見舞いに行ったときにみんな言ってたから……。間違いならいいんだけど、でも、かなり無茶したって聞いたよ?」


 キルパンサー戦のことを言ってるんだろう。

 六尺棍で、無我夢中に魔物をぶっ叩いたところまでは覚えている。

 ……が、言われてみればその後から今朝までの記憶がない。


 なんだこれ? 記憶喪失?

 戦闘直後のことならまだしも、丸々三日間も!?


「どうなんだろう……この三日間の記憶がない」

「はあ!? かなり深刻じゃん!」


 華瑠亜の眉間に縦じわが浮かぶ。

 確かに記憶が飛んでいるのは不可解だけど、どうもフワフワした気分で深刻さが実感できない。まるで、トゥクヴァルスに行ったことが夢だったかのようだ。


「こうして無事だったんだし、まあいいじゃん……」

「まあいいじゃんじゃないわよ! そんなの全部たまたま・・・・じゃない。三日分の記憶がないとか、なにげに大問題よ!?」

「そりゃそうなんだけど……」

「戦闘実習では、あたしもあんたに助けられたし、今回だってあんたの行動で助けられた人がいるのは分かってるけど……でも……」

「うん……」

「あたしはそれを肯定しない!」

「ど、どうしたんだよ、急に? 深刻になって!?」


 だんだんと熱く語り始めた華瑠亜に、道行く人も耳目じもくをそばたてる。


『今、一番近くにいる者の幸福こそ悪夢から抜け出す鍵だ……』なんて、わけの分からないアドバイスをしながら通り過ぎていく、怪しげな外套マントの男も。


――なんのアドバイスだ? 近くにいる者、って華瑠亜のこと?


「せっかく誰かを助けたって、あんたが死んじゃったら元も子もないのよ! 助けられた方だって一生十字架を背負うことになる」

「そ、そんな深刻に考えなくても……」

「もしかしたら、あんたの家族が、助かった人を恨むことだってあるかも」

「さ、さすがにそんな、ろくでなし家族では……」

「と・に・か・く! たまたま今回は助かったけど、そんな身の丈に合わない行動を続けていたら、いずれ必ず死ぬから!」


 一瞬、ドキッとする。

 死ぬ――。

 なんの修辞レトリックもないこのシンプルな二文字が、この世界においては強烈なリアリティを携えて俺の胸を穿つ。

 確かに、この世界に来て一ヶ月足らずの間に、すでに二回も生命の危機に直面したのだ。元の世界ではありえないことだ。

 

「人を助けたいなら先に……もっと強くなりなさいよ……」


 そう言って俯く華瑠亜の目に、微かに光るものが見えたのは気のせいだろうか。


「華瑠亜……おまえもしかして俺のこと……」

「ちっ、ちが……べ、別に、あんたのことが好きとか、そんなこと絶対あり得ないから、勘違いしないでよねっ!」

「だ、誰もそんなこと思ってねえよ! ただ、おまえでも心配してくれてたのかな、って」

「何よ、あたしでもって!? そりゃ、心配くらいするでしょ普通!? クラスメイトなんだし」


 千パーセント、友人として! と、念を押す華瑠亜。


「大丈夫だって。そんなに念を押さなくても、勘違いはしてないから……」

「べ、べつに、言うほど勘違いってわけでもないから、勘違いしないでよね……」

「……???」

「と、とにかく、急にその辺で死なれても、あたしだって困るのよいろいろ!」


――いろいろ? って、なんぞ?


 聞き返そうとしたが、不意に腰のあたりに違和感を覚えて視線を落とすと、ウエストポーチの中から俺のシャツの裾をつかみ、口パクしているリリスと目が合った。


『は・よ・め・し!』


――まぁたこの子は……お腹が空いたのか……。


「俺たちこれから昼飯にするけど……華瑠亜は、どうする?」

「じゃああたしも、連弩これの調整を待ってる間、付き合おうかな……」


 どうやら今日は、工房へボウガンのメンテナンスに来たらしい。


「じゃあ、先に工房そっちに寄ってから、どこか軽食堂バールでも探そっか」


 それを聞いて、俺の横っ腹にパンチを浴びせ始めるリリス。


「え――っ! 私の、一刻の猶予も許さないこの空腹感はどうするのよ!?」

「知らん。捨ててしまえ」


 工房までの途中、装飾品店の店頭に掛けられていた銀色のアンクレットを見て「あ、可愛い!」と目を輝かせる華瑠亜。


――一番近くにいる者の幸福……か。


 華瑠亜が商品を戻して再び歩き始めたのを見て、俺はもう一度アンクレットを掴むと、会計を済ませて追いかける。


「か、華瑠亜! これ」

「……え?」


 振り返った華瑠亜が、俺の差し出した物を見て目をみはる。


「これって……さっきの?」

「うん……。えっと、プレゼント? みたいな……」

「ど、ど、ど、ど、どぉしたのよ急に!?」


――ほんとに、どうしたんだろ? 思わず衝動買いしちまった……。


「えっと、ほら、あれだ、心配かけたお詫び? みたいな……」

「じゃ、じゃあ……ちょっと待って!」


 華瑠亜がキョロキョロと辺りを見渡し、すぐに近くの露店の商品棚に手を伸ばす。


「じゃあ、代わりにこれ、あたしからのプレゼント」


 そう言って華瑠亜が手にしたのは布製のブレスレットだ。見た目は元の世界にあったミサンガそっくりだ。

 プレゼントを交換すると、早速お互いに身につけてみる。


「ふへへ……」と変な含み笑いを浮かべながら、足首を回して前や後ろから嬉しそうにアンクレットを眺める華瑠亜。

 互いにプレゼントを贈り合ってるから、実質自分で買ったようなものだけど……先ほどまでの不機嫌は身を潜めてくれたようだ。


「そんなもんで腹は膨れねぇよ、べらんめえ……」


 リリスのご機嫌はすっかり斜めになってしまったが。

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