02-2.長谷川麗 編
バザール会場に着いたのは十時半頃だった。
「何を買うの?」
ポーチからリリスが顔を出す。
「初めてだし、買い物と言うより見物目的って感じだけど……とりあえず本屋でも探そっか」
「本!? 本なんて買ってどうすんの?」
「読むんだよ! 他にどうしろと!?」
この世界の一人用の娯楽と言えば、なんと言っても読書だ。こっちにきてからは他にやることもないので毎日のように読んでいる。
家にある、多少なりとも興味のある本はあらかた読破してしまったため、そろそろ新しく買いたいと思っていたところだ。
「昨日、
「〝恋したいお年頃〟?」
「それそれ」
妹から借りた、昭和チックなタイトルの恋愛小説を思い出す。
「内容を覚えてるうちに再読したって面白くないだろ」
「覚えたの!? マジで!?」
「読み終わったの、昨日だぞ? 忘れてたらかなりヤバいだろ」
「じゃあ、一行目はなんて書いてありましたか?」
「はぁ? そんなの覚えてるわけねぇじゃん」
「ぶっぶー! ここに嘘つきがいまぁす!」
「あのなぁ、読書は暗記じゃないんだから! ストーリーの話だよ!」
「ふ~ん……まあいいけど。でもね、これだけは言わせて! 読書でお腹は膨れないんだよ!」
「やかましい」
――ん? 本屋さんって、あれか?
見つけたのは、書籍の入った箱型の本棚を店先に並べている露店。昔、旅行番組で見た、フランス辺りの
端から順に背表紙を目で追っていくと、新刊コーナーの、とあるタイトルに目が止まる。
「チート修道士の……異世界転生?」
この世界にも向こうの
棚から抜こうと背表紙に指をかけると、偶然、同じ本を取ろうとしていた別の客と手がぶつかった。
「「あっ!」」
横を見ると同時に、隣にいた赤い眼鏡の女の子も、アッシュショートの前髪を指で耳に掻き上げながらこちらを覗き込む。
「紬……くん!?」
「
トゥクヴァルスにも同行した、クラスメイトで同じD班の長谷川麗だった。
「すごい偶然!」
「俺は近所だけど……麗の家は全然この辺じゃなかったよな?」
「ああ、うん。今日は友だちとの約束でこっちに……」
このあと、その友だちの家に行く予定らしい。場所を聞くと、うちに超近い。
元の世界では麗と特に仲の良さそうな女子に心当たりがないし、そんな近所に同級生が住んでいた記憶もない。
――クラスメイトではないのかな?
「紬くんは、お買い物?」
「うん。いや、買い物っていうか……ここのバザール、来たことなかったからさ。どんな所かと思って」
「え!? この辺に住んでて初めてなの? ここのバザールってかなり有名だよ!?」
「あ……いや、えっと……ずっと忙しくて……十七年間……」
麗にとっては、俺はずっとこの世界にいるクラスメイトだ。
焦る俺の横で、しかし麗は眼鏡のレンズをキラリと光らせながら「紬くん、やっぱり……」と小さな声を漏らす。
――やっぱり?
何がやっぱりなのかよく分からないが、とりあえず勝手に納得してくれたようなので深くつっこまないことにする。
そういえばトゥクヴァルスでも妙なこと言ってたよな……。
あれと何か関係があるんだろうか?
「紬くん、この本、買うの?」
「ああ、タイトルがちょっと気になっただけなんだけどさ……」
「そうなんだ。私も今日、これから訪ねる友だちに買ってくるように頼まれてたんだけど……今日が発売日なのよね、これ」
「へ~。それなら、これ以外にも在庫があるかも!?」
と思って店主の親父に確認してみたが、残っているのはこれ一冊らしい。かなり売れているようだ。
さらに、
「今、おまえさんの一番近くにいる者の幸福が、悪夢から抜け出す唯一の鍵だ」などと、意味不明のアドバイスを呟いてくる。
悪夢? 要は、本を麗に譲れってことか?
言い方が大袈裟だっつぅの。
別にそんなこと言われなくたって……。
「俺は別のでいいよ。暇が潰せるなら何でもよかったから」
「そう? じゃあ代わりに、私がお勧めの本を選んでプレゼントするよ」
「い、いいよそんな……教えてくれれば自分で買うから」
「いいからいいから。確か紬くん、双子座でしょう?」
「よく俺の星座なんて知ってたな」
「あっ、うん、まあ、言うほど知らないんだけどね!」
「いや、ちゃんと合ってるけど……」
「ちょ、ちょっと、友だちが情報通で……」
よく分からない説明で茶を濁しながら麗は一冊の本を選ぶと、店主にお金を払って俺に手渡してきた。
「双子座なら、先月誕生日だったでしょ? ちょっと遅くなったけど、バースデープレゼント」
二回しか話したことがない人にプレゼントとか、意外と気さくな性格なのか?
トゥクヴァルスでだいぶ打ち解けられたってことかな。
「じゃあ……ありがとう。〝さきゅばす☆の~と!〟か。面白そうだね」
「うん、私は好き。これの次におすすめかな!」
〝チート修道士の異世界転生〟を目の前に掲げて微笑む麗。
「人気あるの、それ?」
「そうだね~。一冊千四百ルエンで、二ヶ月で一万二千四百三十部売れたから、かなりだよ」
「く、詳しいね……」
「あっ、うん、えっと、友だちがね! 情報通だから!」
「その友だち、何者!?」
「な、なんて言うか……オタク気質、的な?」
なるほど、腐女子の麗とは気が合いそうだ。
と言っても、この世界の麗も腐っているのかどうかはまだ分からないが……。
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