幕間 ドリームラビリンス♡

01.リリス編 その壱

 番外編です。

 時系列としては、第一部・第三章「トゥクヴァルス①」と、第四章「トゥクヴァルス②」の間に位置する短編集ですが、幕間単章でも楽しめる構成となっております。

 改稿版でのみ限定掲載の中篇ですが、今後の物語の伏線になっている部分もあったりなかったり? な感じなので、お暇な時にでも楽しんでいただけましたら幸いです。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その朝、俺は机の前のカ—テンを開けながらぼんやりとした違和感を覚えた。


「おいリリス……起きろ」

「ん~……なによぉ? もう少しで焼肉が……」

「なに寝ぼけてんだよ!」


 リリスが、机に置かれたクッションの上で体を起こし、ねむたげに目を擦る。


「おはよぉ……。どうしたの、朝っぱらから……」

「何か、おかしくないか?」

「おかしい? 何が?」


 欠伸を噛み殺しながら周囲を見渡すリリス。


「べつに……いつもと変わらないじゃない」

「変わらないと言うか……変わらなすぎると言うか……」

「……?」


 これと寸分違わぬ光景を、俺は何日も連続で見てきた気がする……。

 何がきっかけになったのか、不意にそんな居心地の悪い既視感に襲われたのだ。

 

「リリス……今日って、何曜日だっけ?」

「日曜日でしょ。今日は初めてバザ—ルに行くって、昨日楽しみにしてたじゃん」


 そうだ。今日は、トゥクヴァルスから帰って来て迎える最初の週末。

 この世界へ飛ばされてからなかなか出歩く機会もなかったので、バザ—ル——元の世界でいうショッピングモ—ルのような場所——へ、初めて出かける計画を立てていたのだ。


「紬くん大丈夫? キルパンサ—とやり合って頭でも打った?」

「打ったは打ったけど、この感じはそういうアレでは……」


 ふと左手首に視線を落として、ようやく、違和感のきっかけとなったソレに気がついた。

 白と青の刺繍糸を編み合わせて作られた飾り——元の世界にあった〝ミサンガ〟のようなものが左手首に結ばれていたのだ。


 確かこれ……そうだ!

 華瑠亜かるあとプレゼント交換でもらった物だ!

 でも……あれ? なんで俺、華瑠亜とプレゼント交換なんてしたんだっけ?


 そう思った次の瞬間、ミサンガを手渡してくる華瑠亜の、少しはにかんだような笑顔がフラッシュバックする。


 ———!!


 断想の中で彼女の背景に広がっていたのは……間違いなくバザ—ル会場!


 どういうことだ?

 バザ—ルへは、今日これから初めて行くはずなのに、なんでこんな記憶が……。


 ふと、机の上の本立てブックスタンドに目がいく。

 見慣れない背表紙——〝さきゅばす☆の~と!〟!?


——これって、確か……。


 背表紙に触れたその瞬間、今度は誰かに本を手渡されている、ぼんやりとした光景が頭の中で明滅する。

 俺の目を見つめて控え目に微笑む女の子。ホワイトアッシュのショ—トボブに、赤いオ—バルフレ—ムの眼鏡——。


 うららか!?

 でも、なんで麗が俺に本なんか?

 そうだ、だんだん思い出してきた……華瑠亜にも麗にも、バザ—ル会場で会ったんだ。


 そこまで思い出した時、突然、電撃に撃たれたように頭が痺れ、さらに多くの映像が去来する。


 慌てて机のディスクマットを捲るとそこには、画用紙に書かれた巨大な青い塊。

 茄子ナスに四本の割り箸を刺して作った、お盆にお祖母ちゃんの家でよく見たお供え飾り——いわゆる〝精霊馬しょうりょうま〟というやつだ。


 ……いや、違う! これは精霊馬なんかじゃない! 

 この絵をくれたのは……確か、立夏りっか画伯・・だ!

 あいつ、何を描いたって言ってたんだっけ……?


 次にクロ—ゼットの扉を開く。

 中に一枚、自分の物ではない半袖のパ—カ—が掛かっているのを見つけて引っ張り出す。

 これは可憐かれんの忘れ物……。

 返そうと思って可憐を探したが見つけられなかったので、仕方なく一旦持って帰ってきたのだ。

 でも、可憐と向かい合って座っていたあの場所は……一体どこなんだ?


「お兄ちゃ——ん!」


 突然、階下からしずくの声が響く。


「浴室に干してある女性物の服って、誰の!? お兄ちゃん、知ってる?」


 あれは……そうだ! 優奈ゆうな先生の服!

 なぜかバザ—ル会場でずぶ濡れになった優奈先生を連れて戻り、しずくの服を貸したんだ。

 でも、先生、どうしてずぶ濡れになってたんだ!?


 さらに、机の引き出しを開ける。

 中には、女性の横顔が彫られたレリ—フ、直径六~七センチほどのメダルが鈍色にびいろに輝いている。確か、紅来くくるが渡してくれた、何かの記念メダルだ。


——あいつ、なんで俺にこんな物を……。


 とにかく、前提となる記憶がおかしい。

 あいつらとは全員、今日これから出会う・・・・・・・・・はずなんだ。

 しかも、一日の間にではなく、すべて別—の日に!

 記憶の断片が頭のなかでぐるぐると回転して、それらを繋ぎ合わせようともがけばもがくほど、徐—に片頭痛がズキズキと強くなっていく。


「り……リリス……」

「ど、どうしたの? 青い顔して」

「おかしいぞ、俺」

「それは前からじゃ?」

「真面目に聞け! ……い、いや、ほんとに? おかしかった、俺?」


 とにかく、なんかヤバイ!

 眩暈めまいを覚え、思わず机の上のクッションを掴むと、眠たげにあくびをしていたリリスがその拍子にゴロゴロと回転してクッションから転げ落ちる。

 机の上に頭から落下してゴツン、と鈍い音が響いた。


「いったぁ——いっ! なにすんのよっ!!」

「なんか、わけが分からん! いろいろ浮かんでくるし、頭も痛いし……」

「痛いのはこっちだよ!」


 膨れっ面で頭をさするリリスだが、今はこいつにかまってられる心境じゃない。


 どうなってるんだ? どうしてこうなった? いったい、何が起こってる!?


 手元に集まった数—のアイテム。D班のメンバ—に関係したそれらを呆然と見つめながら、手に入れた時の様子をもう一度よく思い返してみる。


 そうだ……俺はこれまで、何度も今日を繰り返し・・・・・・・、何度もバザ—ルへと出掛けている。


 そう、確かあの時も……。

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