13.俺たちの戦いはこれからだ

 急いで明かりの下まで行くと、陽光の差し込む縦穴が現れる。地上までは三メートルほど。見上げれば、懐かしい仲間たちの顔が出口からこちらを覗きこんでいた。


「おっ! つむぎが来た!」


 真っ先に、暗視ナイトアイを使っていた紅来くくるの声が聞こえてくると、地下空洞で彼女と共に洞窟犬ケイブドッグの群れを撃退した時のことを思い出す。


――足や肩の傷はもう大丈夫なのかな?


「紅来か!? 怪我はもういいのか?」

「うん、平気……つか、今は私のことよりそっちだろ? 無事なの!? 怪我は!?」

「大丈夫。可憐かれんも一緒だ」


 逆光に慣れ、うらら勇哉ゆうや歩牟あゆむの表情もはっきりしてきた。その間から、


「ぱぱぁ――っ!」


 メアリーもピョコンと顔を出して手を振っている。

 華瑠亜かるあは……微笑んではいるけど、なぜか目は笑っていないような?

 隣の初美はつみはもっと酷い。


――目が死んでる? 何かあったのか!?


 辺りを見回しても梯子はしごらしきものも見当たらないので、そのまま岩壁をよじ登っていくと、目の前に華瑠亜の白い手が差し伸べられる。

 汚れたてのひらを思い出して戸惑っていると、


「さっさと掴みなさいよ」

「う、うん……」


 素直に手を握る。次の瞬間身体が一気に地上まで引き上げられ、次いで、久しぶりの夏の日差しが全身の細胞に染み渡る。


――地上だ!


 それにしても、可憐といい華瑠亜といい、こっちの世界の女子たちは筋力もだいぶ増し増し・・・・のようだ。


「ありがとう」


 華瑠亜に微笑みかけたが、何やらぶつぶつと呟くばかりで返事がない。


――やっぱり、ご機嫌斜め?


「ど、どうした?」

「…………」

「何か、あったのか?」

「……笑顔で再会したかったんだけど、やっぱりあんたを眼の前にしてみると、右手の人差し指がボウガンの引き金に走りそうな苛立ちに襲われているの」

「怖ぇぇよっ! 俺、おまえに何かした!?」

「あたしにじゃなくて可憐によっ!」と、メアリーを指差す華瑠亜。

「何よこれ!? 誰よこの子!?」


 五日ぶりに地上に出られたと思ったら、早速さっそくツンギレ華瑠亜か。

 メアリーのことは、簡潔に説明するのは難しいからな……。


「とりあえず今は疲れてるし、後でゆっくり――」

「いえ、今よ! ついでに可憐にも話を聞きたいし……後回しになんてしたらまたなあなあ・・・・になりそうじゃない!」

「また?」


――何かなあなあ・・・・にしてたことなんてあったっけ?


 その時、背後から「よいしょっ!」と、紅来の声が聞こえてきた。

 振り向くと同時に、可憐が紅来に引っ張り上げられて縦穴から顔を出す。


「ありがとう……よくこの場所が分かったな?」

「うん。ダウジングってやつで二人の移動ルートを地上からトレースしてたのよ」

「ほぉ……?」


 さらに、先ほどの魔法円はウィッチクラフトショップで買った〝召集魔法円コーリングサークル〟という魔具で形成したことや、ダウジングも魔法詠唱も初美が担当したことなどを、紅来が簡単に説明する。


 あの初美がねぇ……。

 ああ、そっか! じゃあ魔法円から聞こえた猫の鳴き声はクロエだったのか?


 初美を見ると、相変わらず瞳は虚ろで抜け殻のようになっている。

 クロエがやけに静かなのは、大役を果たして放心状態……とか?


「そんなことより、可憐もこっち来て!」と、掌を上にして手招きする華瑠亜。

「どうした? 恐い顔して?」


 近づいてきた可憐が華瑠亜の前で俺の隣りに並ぶと、メアリーも嬉しそうに俺たちの間に入って両手を繋ぐ。図らずも、例の休日親子連れモードだ。


「その子、誰?」


 メアリーを顎で指しながら、華瑠亜の詰問が始まった。


「えっと、名前はメアリーで――」

「それはとっくに聞いたわよ!」

「メアリーちゃんの話によるとさ……」


 紅来も、メアリーの頭をポンポンと撫でながら口を開く。


「地底にいる間に、紬と可憐が裸でちちくり合って生まれた娘がこの子だって聞いたんだけど?」

「はあぁぁぁぁっ!?」

「なっ、何だとっ!?」


 さすがの可憐も、顔を真っ赤にしながら目をみはる。


「だったよね? メアリーちゃん?」


 紅来の念押しにメアリーもこくこくと頷きながら、


「ほぼほぼ、そんな感じです」

「んなわけねぇ――だろっ!」


 慌てて手を振り解き、メアリーの頭を両手で挟んで紅来の前に突き出す。


「数日でここまで育つわけないじゃん! い、いや、そこじゃねぇ……そもそも俺と可憐の間に娘なんて生まれるはずないだろ!」

「一つ確認させてもらうけど……」


 人差し指を立てながらグイッと顔を近づけてくる華瑠亜。


「は、裸で、二人で一緒の部屋で寝たってのは、ほ、ほんとなの!?」

「そ、それは……」


 確かに、最初に目覚めた時の状況はそうだった。

 しかしあれは、俺たちを助けてくれたメアリーが濡れた服を乾かすために脱がしてくれただけだし、そもそも俺たちも気を失っていたわけで、何も起きようがない。

 どこからどう説明しようか思考を巡らせていると、


「それは事実だ」


 と、すかさず可憐の簡潔すぎる返答。

 そういやこいつも、元の世界でも感情や考えを伝える言葉があまりに単刀直入すぎて、しばしば周囲とトラブッていたっけ。


 何もやましいことはない、とばかりに澄みきった瞳で答える可憐とは対照的に、般若の面のようになった華瑠亜を慌ててなだめながら、


「ちょ、ちょっと待てって! そ、そうだ! リリス! あの時はリリスも一緒だったから、こいつに訊けば誤解は解けるはずだ!」

「どうなの? リリスちゃん」


 紅来がリリスに訊ねると、


「まあ、そうね……それは事実ね」と、さらに誤解を招くちびメイド。


――このアホを頼った俺が馬鹿だった……。


「わ、わりぃ……ちょっと眩暈めまいが……」

「それはこっちのセリフよ! どうなってんのよ、D班の風紀は!?」


 癇声かんごえを上げる華瑠亜。

 その後ろで話を聞いていた初美の瞳からも、完全にハイライトが消えている。相変わらず静かなクロエを見る限り、心の底から虚ろな状態なんだろう。


「ちょっと待てっ! 確かにそれは事実だけど、真実じゃない!」

「そうです、そう言えば……!」


 メアリーが何かを思い出したように、手を打って大きな声を上げる。


「あの時パパは、ママの布団を捲って裸を眺めてましたっ!」


 嗚呼……なんで子供って、思いついたことをすぐ口にするんだろう?

 その情報、いま必要?


「だからそれも、ちゃんとこれから説明――」


 そこまで言ってふと、周囲の空気が変わっていることに気付く。


――殺気だ!


 気がつけば、完全に目が据わった華瑠亜の視線と、矢がセットされたボウガンがこちらを向いている。


「どわっ! ちょっと待て! それは洒落にならないからっ!」

「大丈夫。洒落じゃないから」

「そいつ、本当に撃つから気をつけろよ~」


 勇哉のまったく役に立たないアドバイスを聞きながら、気がつけば俺は、反射的に華瑠亜とは反対方向に走っていた。

 俺のあとをメアリーも慌てて追ってくる。


「なんでパパは、愛人一号に攻撃されているんですか?」

「愛人……一号? よく分かんねぇけど、とにかく今はいろいろ誤解があってややこしい感じになってるから!」

「それなら、逃げても事態は好転しませんよ? 誤解は早く解かないと」

「おまえが言う!?」

「ハァ……せっかく地上で平和に暮らせると思ってたのに、のっけからこれではメアリーも先が思いやられますよ」

「甘いぞメアリー。たぶん、俺たちの戦いはこれからだ!」




―――― 第一部・完 ――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る