12.出口

 リリス、メアリー……いったいどこ行っちまったんだ、あいつら!?


――とにかく、一刻も早く地上へ!


 と、やや歩幅を広げるが、薄暗く狭い窟路では走るわけにもいかない。

 前を行く可憐が振り返り、ちらと俺を流し見てからまた前を向く。


「さっきの魔法円だが……」

「ん?」

「魔法発動のための魔法円ではなく、何らかのマジックエフェクトだと思う」

「エフェクト? 魔法効果として現れたもの、ってこと?」

「状況的に見て、恐らく時空魔法……転送ゲートのようなものだと思う」


 断言は出来ないが、と断りつつ、さらに可憐が続ける。


「あれが目の前に偶然現れたとは思えないし、狙って出現させたんだとしたら――」

「ちょ、ちょっと待って! 狙って、ってこんな地底にどうやって?」

「方法はいくつかある。重要なのは、今の私たちに対してあんな魔法を使ってくるのは、救助するための何らかの動きと関係してるんじゃないか、ってことだ」

「ふむふむ」


 可憐の推測通りなら、あいつらの向かった先は地上ってことか?

 すぐに第二第三の魔法円が現れてくれないのは少々気がかりだが、立夏のギガファイアだって平均詠唱時間は四分だ。

 人一人を転送させるような時空操作の魔法なんてなんだか凄そうだし、そう簡単に連発はできないのかも知れない。


「よし! 急ごう、可憐!」

「すでに急いでる。こんな場所でこれ以上歩速を上げるのは危険だ」


 確かに、足元が濡れて滑りやすいだけでなく、ところどころに頭の高さまで飛び出た岩や鍾乳石もある。

 可憐にさとされ、はやる気持ちを抑えつつ歩幅を維持する。


 断言できないと前置きはされていたが、可憐の意見は単なる気休めではなく、かなり確度の高い推論に思える。

 あの猫の鳴き声だけは気になるけど……。


 その時――。


「紬くんっ!?」


 前方から、聞き覚えのある声。


「その声は、リリスか!?」

「よかったぁ~!」


 直後、松明たいまつに照らされた洞穴の先に浮かび上がったのは、両手を広げながら飛んでくるメイド服姿の使い魔。

 俺の首に巻き付くように飛び込んできたリリスの左腕が、勢い余って俺の咽仏をピンポイントで直撃する。


「ゴヘッ! 再会するなりラリアットかよ! ゴホ、ゴホッ……」

「いやぁ~ついつい勢い余っちゃって! めんごめんご♪」

「謝罪の気持ちがまったく伝わってこねぇ……」


 テヘペロな感じで舌先を出したリリスの額を人差し指で小突きながら、


「ところでおまえ、どこに行ってたんだよ?」

「地上だよ。さっきのあの魔法円、華瑠亜かるあちゃんたちが作ったみたい」

「華瑠亜たちが?」

「他のみんなも上にいるよ」

「みんな、てことは……メアリーも?」

「華瑠亜ちゃんに紅来くくるちゃんに初美ちゃんに……ん? そう言えば立夏りっかちゃんと先生は見なかったな」

「で……メアリーは? 一緒だったんだろ?」

「メアリーメアリー、って……使い魔なんて私と猫ちゃんだけでいいじゃん! どんだけ欲しがりなのよ!」


 リリスの表情が曇る。

 まだ、メアリーが絡むとブルーリリスになるのか……。


「えっと……リリス?」

「なによ!」

「メアリーには内緒だけど、俺にとって一番大切な使い魔はおまえだから」

「はっ? えっ?」


 横を流し見ると、俺の肩に座ったリリスが目を白黒させながら赤面している。


――こいつの顔、面白いな。


「どどど、どうしたのよ、急に!?」

「メアリーの前じゃなかなか言えないだろ、そう言うの」

「いや、言ってよ!」

「無茶言うなよ!」

「た、大切って……ど、どういう意味で?」


――意味? そんなのまで解説しなきゃならないの?


「ほ、ほら、他の人とはぶっちゃけトークもなかなかできないけど、おまえ相手ならまったく気を使わずに話せるし……」

「使えやコラ!」

「いや、そう言う意味意じゃなくて……おまえはこっちに来てからずっと苦楽を共にしてきた戦友みたいなもんだからさ……やっぱ、特別な存在っつぅか……」

「戦友っすか……」と、リリスが唇を尖らせる。


 あれ? 違った?

 かと言って親友や恋人とも違うし、他になんて言えば……。

 さすがに、ペットって言ったらキレるよな?


「じゃ、じゃあさ……」と、リリスが続ける。

「私にも言ってみてよ。さっき……メアリーに言ってたやつ」

「メアリーに? 何か言ってたっけ?」

「愛してる、ってやつ!」

「お、おまっ……き、聞こえてたのあれ!?」


 リリスの方へ顔を向けて目を見開くと、


「耳は良いって知ってるでしょ? あれだけ静かな場所なら聞こえるよ」

「無理無理! 言えるかよ、あんなこと!」

「メアリーには言えたのに!?」

「あれは契約の儀式に必要だって言うから……それも聞こえてたんだろ?」

「私にだって必要なの! 言わないんだったら機嫌も直らない!」

「えぇ……」


 あんなセリフ、あちこちで言うのも気が引けるんだが……。

 とはいえ、このままじゃめんどくせぇし、言うだけ言ってやるか?


「メアリーには内緒だからな?」

「なんでよ? ボイスレコーダーに録って聞かせてやりたいくらいなんだけど」

「マジ勘弁……」

「分かったわよ。じゃあ、早く言ってよ」

「俺は、リリスを……」

「う、うん……」

「あ……アイシテル……」


 リリスが、とたんに両腕を交差させて自分の肩を抱きかかえ縮こまってしまった。よく見ると、体がピクピクと震えている。下から覗き込むと、リリスの頬の赤みが顔全体に広がっていくのが分かった。

 さらに、怒ろうか笑おうか迷っているかのように、口の端が上がったり下がったりしているのも見える。


――やっぱこいつの顔、面白おもしれぇな……。


「ば、バァ~カ! 何言ってんのよ!」


 と、自分の顔を両手でバタパタと扇ぎ始めるリリス。


「はぁ~、熱い熱い! 急に熱くなってきた!」

「おまえ、自分で言えって言っておきながら、言われて照れるなよ」

「だ、だってぇ~♪ つ、紬くんが私を、あ、愛してるとか? マジウケるんですけどぉ~♪ キモォ~♪ あり得な~い♪ キモキモキモキモッ!」

「イヤなら撤回で」

「そうは言ってない」


 その時、ドンッ、と可憐の背中にぶつかって足が止まる。

 前に向き直ると、女剣士の冷ややかな視線とかち合った。


「平和そうでいいな、おまえら」

「ど、どういたしまして」

「着いたみたいだぞ」

「……え!?」


 可憐の前を見ると、洞穴の先がほんのりと明るくなっている。

 おそらく、どこかから外光が差し込んでいるのだろう。


――出口かっ!?


「お~い!」

「つむぎぃ~! かれ~ん!」

「いるのぉ~?」

「返事しろ~」


 わずかな風に乗って、聞き覚えのあるD班メンバーの声も聞こえてきた。


――や、やっと……着いたんだ! 地上に!

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