13.新たなる神託

「……メアリー」


 メアリーを見つめながら、俺は一語一語、噛んで含めるように語り掛けた。

 今度こそ、俺の思いが、その小さな胸にしっかりと伝わるように。


「こんな場所に無理して留まることはない。俺と一緒に行こう。……迷惑? そんなの、メアリーにここで死なれることの方が、俺にとっては一兆憶倍迷惑だっての」


 小刻みに震える桜色の唇を、キュッと引き結ぶメアリー。

 その両目に少しずつ光る物が溢れ、睫毛まつげの間で膨らんでゆく。


「他の連中がどう思っていようが知ったこっちゃない。でも俺は、メアリーに生きてほしいんだよ。俺だけじゃなく、可憐ママだって、リリッペだってそう思ってる」


 紬くんはリリス・・・でいいんですけど……と、肩の上から文句が聞こえるが、俺は構わず続ける。


「俺たちに迷惑をかけたくないって思っているなら、俺たちに迷惑をかけないために生きてくれ。ここで、おまえを連れて帰れなかったことを一生後悔するような、そんな人生を俺たちに歩ませないでくれ」


 俺の言葉を聞きながら両手を口にあてがい、噛み締めた歯の隙間から嗚咽を漏らすメアリー。

 抱きかかえられたまま、その両目から透明な水滴が次々と弾き出され、こめかみを伝って髪を濡らし、地面に零れ落ちてゆく。


「メアリーはっ……メアリーはっ……どうずればっ、いいのがっ……もう……わがりまじぇんっ……」

「他のことは考えなくていいんだよ。生きたいのか生きたくないのか、それだけでいいんだ」

「メアリーはっ……メアリーはっ……死にだぐ……死にだぐありまじぇんっ」


 メアリーの、心の奥から湧きあがってくるような号哭ごうこくが俺の胸を打つ。

 もう二度と、この小さな魂に、自ら死に向かわせるようなことをさせるものかっ! 


「じゃあ行こう! 俺たちと一緒に!」

「メアリーは、生ぎででっ……いいんでずが……?」


――当たり前だろ! 何も悪い事してない奴が生きてちゃ悪いなんて言うなら、それは社会の方が間違ってる!


 そう声に出して言いたかったけれど、鼻の奥がツンと痛んで上手く言えそうになかったので、代わりにメアリーを思いっきり抱き締めた。

 小さな肩の震えを胸の中で感じながら、俺はゆっくりと顔を上げる。


 火の粉が舞う中、俺の視線をなぞるようにこちらに近づいてくる人影……。


――バッカス!


「お取り込み中わりいんだがなぁ、ツムリさんよぉ。? セレップは一族のために死を覚悟したんだ。今さら『やっぱり嫌です』じゃ困んだよ」

「こいつは俺の使い魔だ。それに手を出すってことは、使役者に対して剣を抜くのと一緒だぞ。おまえだって、殺されても文句は言えないぞ?」

「まだ、んなこと言ってんのか? セレップを贄に決めたのは俺じゃねえ、神託だ! それを受け入れたノーム全員だ! テメェはこの集落全部を敵に回すつもりか?」

「必要なら、そうするさ」


 メアリーを可憐に預けると、俺もゆっくりと立ち上がり、精一杯の眼力でバッカスの視線を弾き返す。

 こんなヤクザみたいな顔つきのオッサンとメンチを切り合うなんて、元の世界では絶対に考えられないことだった。


 でも、今はまったく恐怖心はない。


 さっき味わった〝メアリーを失った絶望感〟のせいだ。

 あの喪失感と恐怖心に比べれば、こんなクソオヤジくらいどうってことない。


「全員を相手にしてでもメアリーを守る」

「分かってんのか? セレップは、神が平和の代償として求めた存在だ。奪われると分かれば、集落のノーム全員が武器を持っておまえの前に立ちはだかるんだぞ!?」

食人鬼グールから逃げ回って、小さな女の子を犠牲にするしかなかった腰抜け共が、グールを倒した俺たちをどうするって? 分かってねえのはおまえらだ!」


 リリスを使役するとなれば、魔力が満タンの状態でも十分が限界だ。

 昨日も何かとリリスを使役する場面は多かったし、今日も、ジャンバロを捕らえたりメアリーを救ったりするためにメイド騎士モードに移行した。


 恐らく、現時点でリリスたん・・・・・の使役時間は五分が限界。

 地上へ戻る昇降穴の位置が分かっていれば一直線に突破することも可能だが、それも分からない以上、数百人のノームを相手に持久戦になるかもしれない。


 それでも――。


 目の前でメアリーが殺されるのを黙って見ているくらいなら、俺は戦うと覚悟を決めた。

 そして、根拠はないけれど、追い詰められながらもどこかで俺は、なんとなくこの場を切り抜けられるような……そんな漠然とした予感を抱き始めていた。


 俺は、バッカスを睨みつける。

 そしてバッカスも、俺の本気度を探るかのように目勝まかつ。

 しばし、俺たちの間で斬り結ばれる視線。


 その時。


 バッカスの後ろから、別の人影が近づいてきた。

 ポーカー部屋にいた青髪の女ノームだ。

 バッカスに耳打ちをし、バッカスも、俺から視線を外すことなく何度か頷きながら女ノームの話を聞いている。


――なんだ? このタイミングで何を話してる?


 それ程長い時間ではない。恐らく、一分かそこらだろう。

 バッカスは、女ノームから話を聞き終わると同時にニヤリと笑うと、両手を大きく広げて天を仰ぐような芝居がかったポーズを取る。

 続けて、広場中のノームたちにも聞こえるように、


「たった今、この事態を収拾するための新たなるご神託を賜ったぁぁぁ!」


 高らかに宣言した。

 その言葉に、広場に集まっていたノームたちも、にわかにさざめき立つ。


 新たなる神託?

 バッカスのやつ、いったい何を始める気だ?

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