第十七章【地底の幼精⑤】社燕秋鴻

01.手加減できないぞ

「たった今、この事態を収拾するための新たなるご神託を賜ったぁぁぁ!」


 バッカスはゆっくりと祭壇に上り、さらに大音声だいおんじょうで言葉を繋げてゆく。


「今、我々の儀式を妨害し、神への供物を奪わんとする人間族がここにいる! この者たち曰く、厄災の元凶たる食人鬼グールを全てほふったと! 故に、にえの儀式を取り止めるよう主張している! 皆の者、これを信じるや否や!?」


 広場に集まっていたノームたちが、バッカスの言葉で一斉にどよめく。

 グールが屠られたことに対する歓喜、そして、それ以上の疑念が人波の中で渦巻き、広場を呑み込んでいく。

 生贄を出さずしてグールの脅威が消え去ったという事実に戸惑っているのだ。


 バッカスが、その空気を待っていたかのようにニヤリと口角を上げる。


「この人間たちの言葉を、我々は如何様に信じるべきであろうか? 何を拠り所に、グールによる災禍の終息を確信し得るであろう?」


 そんな連中の言葉を信じられるか! と、方々で上がる怒声をなだめるように、バッカスが両手を胸の前で上下させながら、


「皆々の懸念はもっともだ! なればこそ! シャーマンが今一度〝水晶〟に問い、人間族の言葉の真偽を確かめるための、新たなる神託を得ることに成功した!」


――真偽を確かめる? いったい、何をさせるつもりだ?


 言葉を切ったバッカスが、祭壇の上から俺たちを一瞥いちべつする。

 確信と覚悟を滲ませたその双眸に、いよいよ演説が核心に入ることを予感させた。


「我々守護家の力を以ってしても成し得なかったグールの討伐をこの人間たちが成し得たと申すのであれば、我々と試合をし、武に優れていることも証明できるはず! 即ち、武技にまさった方が贄の身体を自由にすべしとの神託であ――る!」


 広場のノームたちが、一斉にオオォォ――ッ! と歓声を上げた。

 早い話が、本当にグールを倒したと言うのなら、バッカスたちと勝負してその実力を証明しろということだ。


 つか、また勝負かよ!?

 武技勝負と言っているし、さすがにもう、ポーカー勝負はないと思うが……。


 バッカスが祭壇を下り、俺たちの方へ近づきながら仲間の方へ手招きをする。


「おい、ブーケ! 武器を持ってこっちへ来い!」


 バッカスの声を聞いて、先程の青髪の女ノームが曲刀シャムシールのような武器を持って歩いてくる。


「それと、ベッコム! おまえもだ!」


 ブーケと呼ばれた女ノームに続いて、小柄なモヒカンのノームも近づいてくる。

 あの、小脇に抱えたサッカーボールみたいなものがあいつの武器なのか?


 見たところ、ポーカー部屋にいた眼鏡のノーム、ビッカスの姿は見当たらない。

 残ってるのはレアンデュアンティアの三兄弟と、長いフードローブを纏ったノームだけだ。


――あのローブを着たやつが、神託を告げるシャーマンか。 


 俺たちの前に、バッカスと、そして、ブーケ、ベッコムの三人が並ぶ。


「聞いての通りだ。互いに代表を出して武技を競い、勝った方がセレップを自由に出来る……ということでどうだ?」

「おまえらの神が勝手に決めたルールに付き合う義理はねぇ――よ!」

「空気は読めんだろ? 試合を断ることは即ち、テメェらの虚言を認めるということだぞ? 昇降穴の位置も分からねぇのに、ほんとに強行突破でもするつもりか?」


――くっそ……一方的なことぬかしやがって!


 でも、リリスを戦闘モードで使役できる時間も、あと五分あるかどうかだ。

 可憐にしても、いくら強いとは言え生身の人間。数百人からのノームの人垣を突破するのは至難の業だろう。


 恐らくバッカスたちは、リリスをかなり警戒しているはずだ。

 あと五分程度しか使役できないと分かっていれば、腕ずくで捕獲するのが一番確実なのに、武技勝負なんて言う回りくどいやり方を提案してきたのが何よりの証拠。


 であるならば、こちらにとっても話に乗るメリットは少なくない。

 要は、勝負に勝ちさえすれば万事丸く収まる。もし負けるとしても、昇降穴の位置を探るための時間が稼げることの意味は大きい。


「試合方法は、どうするんだ?」

「こちらの代表はこの、ブーケかベッコムだ。神託の話はこちらから言い出したことだからな。どっちとやるかはおまえたちに選ばせてやるよ」

使い魔リリスを使ってもいいのか?」

「神聖な神前試合だし本来なら受けられねぇが……まあ、一方的に押し付けるだけで後から文句を言われても面倒だしな。特別に許可してやる」


 てっきり拒否られるかと思ったが、意外だったな。

 もしかして、リリスの使役時間が限定的であることを見透かされているのか?

 だとしたら、勝負の行方に関わらずメアリーを奪還することを念頭に、時間を削りにきているとも考えられる。


 リリスがこいつらとの勝負にてこずるとは思えないが……。

 バッカスのことだ、何か時間稼ぎに特化したような狡賢ずるがしこい戦法があるのかもしれない。


――それにしても、あの二人……。


 改めて、向こうの代表である二人のノームを見比べる。

 女ノームのブーケが持っているのは、恐らく曲刀シャムシールだ。ゲームなんかでも定番の武器なので、形状と名前程度は知っている。


 もう一人、ベッコムと呼ばれたモヒカンのノームは……謎だ。

 Tシャツにハーフパンツという、周りのノームから比べるとかなりラフな出で立ちで、サッカーボールの様な武器(?)の上に片足を乗せて腕組みしている。

 名前も相まって、まるで一端いっぱしのストライカーのようだ。


――PK(※ペナルティーキック)戦でもするつもりか?


 それなら命の危険はなさそうだが、サッカー経験などないし……それより何より、あいつを選んだらいろいろと負けな気がする。


「どうだ? あの曲刀女、なんとかなりそうか?」


 一旦、可憐のもとに戻って確認してみる。

 種類はどうあれ刀剣同士の斬り合いなら、リリスはもちろん可憐が出たって負ける気はしない。


 盾も持たず、片手剣一本のみのブーケの装備を一瞥して頷く可憐。


「問題ない。ただ、実力が拮抗してる場合は手加減できないぞ」


 つまり、殺してしまうかも知れない、ということか。

 真剣での斬り合いとなれば当然だ。


 もう一度バッカスの元へ戻り、


「いいだろう。そっちの女と勝負だ。ただし、真剣での斬り合いなら大怪我をさせてしまうかもしれないけど……それでもいいんだな?」

「治癒術士は用意してあるから心配するな。確か、セレップも使えたよな?」


 そう答えて、グフッと余裕の笑みを浮かべるバッカス。

 余程、ブーケの腕に自信を持っているのか?


 ……まぁいい。

 確かに治癒術士がいれば、致命傷以外は治せるだろう。

 メアリーの話によれば、ノームの治癒術は精霊の加護を受けて行うらしいので、魔力の少ない可憐でも重症の治療に耐えられるはずだ。


「よし勝負だ! 約束を忘れんなよ、バッカス!」

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