02.大人の戦い方

「よし勝負だ! 約束を忘れんなよ、バッカス!」

「ぐふふ。そりゃあこっちのセリフだぜ、ツムリさんよぉ」


 不敵な笑みを残してきびすを返し、再び祭壇へ向かうバッカス。

 壇上に登ると、またしても両手を天にかざして芝居がかった演説を始める。


「たった今! 人間側との合意が相成あいなった! これより、彼等との勝負の結果を以って、生贄の運命を決することとする――っ!!」


 オォ――……ッと、広場のノームたちから歓声があがる。

 欣喜雀躍きんきじゃくやくとしたノームたちの表情を見ていると、生贄の運命よりも、武技勝負という娯楽に興味の対象が移ったようにも思える。

 守護家の連中も然ることながら、無意識のうちに安全地帯からメアリーを追い詰めていた傍観者たちにも無性に腹が立ってくる。


「可憐……悪いけど、行ってもらってもいいか?」


 俺の言葉に、背刀クレイモアつかに右手をかけながら黙ってうなずく可憐。

 やはり、いざという場面も考えてここはリリス温存だ。


 ……が、その直後、可憐が俺の肩越しから祭壇の方を凝視して固まった。


「あれは……ちょっと……私には……」


 嫌な予感がして振り返ると、バッカスに呼ばれたブーケが、手にしていた曲刀シャムシール二つに割り・・・・・柄尻つかじりを軸にして両側に広げている。

 さらに柄をクルリと回すと、繊月せんげつのように弧を描いて展開するシャムシール。その中心から弦が跳ね出し、両端の鞘尻さやじりを結んで一直線にピンと張られた。


 いや、もう、あれはシャムシールなんかじゃない。どう見ても……、


「あ、あれ、よ~く見たら弓じゃない!?」と、リリス。

『よ~く見なくても弓だろ……」


 最初にバッカスが立っていた辺りでは、ベッコムが的の用意を始めている。祭壇からの距離は二十メートルほどだろうか。

 三重の黒い丸が描かれた、直径四十センチほどの円形の板。勝負の内容とは……。


 説明を聞くまでもない。

 あの的を狙った弓勝負ということか!


 リリスの実力の片鱗は見ているし、可憐の強者感も半端じゃない。あいつら、もともと剣技で勝負をするつもりなんてなかったんだ。

 治癒術士云々のくだりも、直前までシャムシールの形状にしていたのも、すべてはカムフラージュだったってことか!


「か……可憐? 弓は?」

「触ったこともない」

「リリスは……?」

「あるわけないじゃん」

「だよなぁ……」


 呆然とする俺たちの様子を横目に、バッカスが喜々として演説を続ける。


「勝負は、剣技と並ぶ基本中の基本武技、射技で決めることとなったぁ! グールを倒す程の武人が弓も扱ったことがないなどとは、よもや言うまいなぁ!?」


 最後の方は、演説と言うよりも、直接俺の目を見ながらの呼び掛けだ。

 言い方を変えれば、弓くらい扱えないようならその時点で負けにするぞ、という脅しのようにも感じられる。


 バッカスの演説に、「そうだそうだぁ!」と声を合わせて盛り上がる群集。とてもじゃないが『弓はナシ』なんて言える雰囲気じゃない。

 いや、それも計算のうちか……。


 わざわざ大袈裟に演説をって群衆を煽るだけ煽り、俺たちが勝負を受けざるを得なくなるような空気を作り上げていたんだ。

 得体の知れない謎ストライカーベッコムを選んでいたとしても、この分じゃどんなカラクリがあったのか分かったもんじゃない。


「紬、やるのか?」


 諦めて祭壇の方へ歩き始めた俺の背中へ、可憐が声をかけてきた。


「ああ……この空気じゃ、やっぱ止めるってわけにはいかないだろ」

「弓は、扱えるのか?」

「まあ、多少は……。たしなんだ程度だけど……」


 元弓道部とは言え、それほど一生懸命やっていたわけじゃない。

 元々は帰宅部だったのだが、高校一年の頃に少しだけ交際していた他校の先輩が弓道部だったのが入部の切っ掛けだ。

 結局、交際は二ヶ月程で終わってしまったが、その後もなんとなく惰性で続けていただけで、特に弓道が好きと言うわけでもなかった。


「勝負の方はあまりアテにしないでくれ。時間を稼ぐから、可憐は昇降穴の場所について探りを入れておいてくれ」

「……分かった」


 射技勝負の行方次第だが、いざとなればメアリーを連れて強行突破だ。可憐も、俺の意図は理解しているだろう。


 もっとも、昇降穴の場所についてだいたいの目星はついているんだけどな……。


「紬くん……勝算はあるの?」と、肩の上からリリスが心配そうに話し掛ける。

「とりあえず的に当てることはできると思うけど、どれだけ中心に寄ってくれるかは運次第だな」

「じゃあ、運Eランクの紬くんなんて負けたようなもんじゃん」

「うるさい! 縁起でもないこと言うな!」


 祭壇の下に着くと、すぐにバッカスが声を掛けてくる。


「ぐふふ。……そっちの代表は、ツムリか? 弓勝負でも良かったのかぁ? 素人じゃ弦を引くだけでも一苦労だぜぇ?」


 隣ではブーケも、馬鹿にしたようにクスクスと笑っている。


「チッ……直前まで剣技でやるようなフリしといて、よく言うぜ!」

「ぐふふ。悪く思うなよ? これが大人の戦い方ってもんだ」

「大人げねぇだろ!」


 続いて、三張さんはりの弓を抱えて来たベッコムが、それを石壇の上に並べる。


「ぐふふ。道具は貸してやる。好きなのを選べ」

「そりゃ、ご親切にどうも!」


 一応、すべての弓の弦を軽く引いて確かめてみる。

 元々が大した弓を使っていたわけでもないので、三張りとも元の世界で使っていた弓より使い易く感じるくらいだ。

 可憐が昇降穴の場所を探り当てる時間を少しで稼ぐため、ゆっくりと時間をかけて選ぶ。


「急遽決まった勝負だ! 弓に細工なんてしてねぇから、心配すんな!」

「……じゃあ、これで」


 いよいよバッカスが苛立ってきたところで、なんとなく手に馴染んだ一張ひとはりを選ぶ。右手に嵌めるグローブ――弓道で言う〝ゆがけ〟の代わりとなるものもいくつか用意されていたが、これは着けられさえすればどれでもいい。


「ルールは単純だ。三本ずつ射て、的の中心に最も近い場所に当てた方が勝ちだ」


 たとえ二本が大外れでも、残りの一本が最も中心に近ければ勝てる、ということらしい。

 運の要素が大きくなるが、アベレージを求められる弓道の的中制や得点制に比べれば、今の俺にとってはありがたいルールだ。


「それではこれより、生贄の運命を賭けて射技戦を開始いたぁ――すっ!」


 高らかなバッカスの宣言が、広場中に響き渡った。

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