03【長谷川麗】意外と肉食系

 初美はつみが持つペンデュラムを、輪になって見下ろす女子四人。

 本日三回目のチェックタイムだ。

 川島(勇哉ゆうや)くんと森(歩牟あゆむ)くんは、少し離れた場所から岩に腰掛けてぼんやりと私たちを眺めている。


 振り子の動きを確認すると、すぐに紅来くくるが輪から外れ、マップに印を付ける。

 その後ろから、背伸びをするように覗き込む華瑠亜。


「どう? 何か変化あった?」

「ううん、ほとんど昨日と一緒。動いていたとしてもせいぜい数十メートル……。アイテムの精度を考えれば誤差の範囲内かなぁ」

「じゃあ、昨夜からずっとその辺りに留まってるってこと?」

「うん。きっと二人は裸で抱き合って……イテッ」


 華瑠亜が、紅来の太腿にわりと本気の膝蹴ひざげりを入れ、


「くっだらないこと言ってないで、さっさと行くわよ! お昼になっちゃう」

「まだ六時前だよ? 世間は朝ごはんすら食べてないよ」


 紅来が太ももをさすりながら、先に歩き出した華瑠亜の後を追う。

 それを見て男子二人も腰を上げ、最後尾から私と、ペンデュラムを鞄に仕舞いながら初美も続く。


 この後は昨日のルートから徐々に外れていく感じか。

 道中の様子が分からないけど、順調なら昼前には目的のエリアに着きそうね。


「初美はさぁ、いつからつむぎくんが好きだったの?」

「はっきりしないにゃん」


 私の質問に答えたのは、初美の肩に乗っていたクロエだ。


「ずっと前からだった気もするけど……ちゃんと意識したのは最近にゃん」


 初美の頬が赤らんでいく。

 でも、クロエを戻さないということは、この話題がいやと言うわけではないのか。


「紬くんのどこが好きなの?」

「声にゃん」


 真っ先に〝声〟かぁ。さすが初美だわ。

 まあ、イケボに惚れる気持ちも分からなくはないけどさ。


「あの、スラリとした指とか、ちょっと筋肉質な感じの脹脛ふくらはぎも好きにゃん」

「そう……なかなかフェティッシュな着眼点ね」

「あと、顔と性格にゃん」

「そこが三つ目? ……って、もう全部じゃん」

「ぜんぜん全部じゃないにゃん。最終的には、身体というか、アソコ・・・の相性も確かめないとダメにゃん」

「……痴女かな?」


 初美が恥ずかしそうに目を伏せ、それから首を傾げて麗の方を見上げる。


うららは、紬くんのことは何とも思ってないにゃん?」

「はぁ? 私? 私は別に、全然……。友人としては好きよ? でも恋愛対象として考えたことは、今まで一度も……」

いちフレも?」

「何でフレーム単位なのよ……。ああ、でも――」

「でも、なんにゃん!?」

「ちょ、ちょっと、睨まないでよ! 元の世界に居た時の話だけど、一度だけキュンとしたことが……」

「いつにゃん!!」

「だ、だからそう言うアレじゃないわよ? トイレから出てきた紬くんが、ミッティーちゃんのハンカチで手を拭いてたことがあったのよ。妹さんのかも?」

「ミッティーちゃん……。それが、どうしたにゃん?」

「それを見て、紬くんは絶対〝受け〟だなって、ちょっと萌えたって言うか……な、何よその目は!?」


 初美とクロエが、半分まぶたを閉じて冷ややかに私を見ている。

 こいつら、だんだんシンクロ率が高くなってるなぁ。


「は、初美だって〝こっち〟サイドなんだから分かるでしょ?」

「BLはよく分からないにゃん。BLは本当に腐れてるにゃん」

初美あんた今、全国のBLファンを敵に回したわよ……」

「同じBLでも、クラスメイトで妄想する、ってのが理解できないにゃん。麗がこの世界を作る時に、クラスの男子にBL設定を付与しなくて本当に良かったにゃん」

「あの時はそこまで頭が回ってなかったしねぇ……」


 でも、今聞かれてもBL設定を付与するかどうかは微妙だなぁ……。

 あくまでも妄想するのが楽しいのであって、実際に紬くんが他の男子にヤラれてる場面を見たら引いてしまいそうな気もする。


「そういえば、この合宿でみんなともだいぶ馴染んできたんじゃない?」

「華瑠亜ちゃんと立夏ちゃんは微妙にゃん」

「どうしてよ?」

「恋のライバルにゃん」


 即答するクロエ。

 横を向くと、「当然でしょ?」とでも言いたげな表情で初美も見つめ返してきた。


「ライバルだって、友達にはなれるでしょ……」

「麗以外に友達なんてできたことないし、よく分からないにゃん。麗の他に、アニメやゲームの話が出来る人もいないにゃん……」

「そんなの求めてたら、こっちじゃ一生友達できないわよ?」


 初美の横顔をチラリと覗き見ると、その視線の矛先は、前を歩く華瑠亜の背中に向けられていた。


――いや、にらんでる?


 さらに、


「紬くん攻略に関しては、二人に比べてはつみんがリードしてるにゃん」

「攻略って……。まあ、この世界に来る時にノートの精に人間関係をいじってもらってるわけだから、相当有利だったことは間違いないわね」

「あれは失敗したにゃん。紬くんとは〝両想い〟じゃなくて〝恋人同士〟にしてと頼むべきだったにゃん。日本語は難しいにゃん」


 確かに〝両想い〟という希望は一時的とは言え叶えられたわけだし、ノートの精も契約を違えてはいないのか。


「ついでに、はつみんをビッチに変えてもらえばよかったにゃん」

「それもどうかと思うけど……でも、両想いだったんだから、その間に落としちゃえば良かったのに」

「たった二ヶ月じゃしゃくが足りないにゃん!」

「そうかな……」


――両想いなら、一日あれば充分じゃね?


「まあ、最初のチャンスは生かせなかったけど、それでも元の世界の記憶を共有してる点は、かなりのチート設定にゃん」

「でも、紬くんの記憶から初美は消えてるけど……」

「あ……」

 

 初美とクロエが初めて気づいたように固まるが、思い直したように、すぐに言葉を繋ぐ。


「ま、まあ、はつみんのことは覚えてなくても他の部分で記憶が一致しているのは、やっぱり有利にゃん」

「そう、かもね」

「それに、立夏ちゃんは口数も少ないし、何考えてるか分からないにゃん」


――それを初美が言う?


「その呆れフェイスは、なんにゃん?」

「いえ別に」

「立夏ちゃんみたいなダンデレヒロインは、どの作品でもいいところまでいくけど、最終的には負けヒロインにゃん」

「それは、幼馴染も似たようなものだと……」


 でも、この感じ、向こうにいた頃を思い出すなぁ。

 普段は無口な初美だけど、たまぁに、堰を切ったように話に夢中になることがあったっけ。

 もちろん、話すと言ってもメッセンジャーに一方的に文字が打ち込まれるだけだったけど、今はクロエがメッセンジャー代わりだ。


「幼馴染は最強にゃん!」

「そう? じゃあ、華瑠亜ちゃんは?」

「ああ言うツンデレヒロインが上手くいくのは、創作の中だけにゃん!」

「立夏ちゃんが上手くいかない根拠は創作の中だったんじゃ……」

「実際の恋愛では、ツンデレは友達以上には発展しにくい不利属性にゃん」

「意外と、いろいろ分析してるのね」

「しかも、はつみんは一緒にお風呂にも入って、おっぱいも見せ合った仲にゃん」

「いや、見せ合ったわけでは……」

「昔は見せ合ったにゃん!」

「それ、幼稚園の頃とかの話でしょ? その頃はおっぱいなんてないし、そもそも紬くんにその記憶もないし……」


 実はこの子、見た目によらず意外と肉食系なのよね。

 他のみんなからは、単なるハジデレくらいにしか思われていないだろうけど。


 初美と紬くんかぁ。

 お似合いと言えばお似合いだし……。


――これは本当に、ひょっとしたらひょっとするかも?

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