04.しっかり的を見て
「それではこれより、生贄の運命を賭けて射技戦を開始いたぁ――すっ!」
高らかなバッカスの宣言が、広場中に響き渡る。
くじ引きの結果、最初に射るのは女ノームのブーケに決まった。
さらに、彼女が連続で三回射た後、俺が連続で三回……という段取りも決まる。
一射ずつ交代の方が時間は引き延ばせそうだが、俺も一射ごとに微調整しながらコンセントレーションを高めていくタイプなので、その条件で同意。
どうせなら、勝てる確率が少しでも高い方に賭けたいしな。
もっとも、あの女ノームも似たタイプなのかもしれないけど……。
ブーケが射位に立つと広場の喧騒が治まり、程なくしてシンと静まり返る。
それを待って、おもむろにモーションに入る女ノーム。
俺が弓道部で覚えた〝射法八節〟とはまったく別物の、弓を斜め上に寝かせて構える独特の〝引き分け(※弓を引く)〟スタイル。
当然〝引き分け〟の完了形である〝
あんな我流の〝会〟でまともに
実はこの世界の弓術は大して発展もしていなくて、俺でも意外とあっさり勝てちゃったりして?
……などという淡い期待が芽生え始めた時、無造作に放たれたブーケの一射目を見て喉の奥がギュッと絞り上げられるような感覚に襲われた。
オオォ――ッ! と、広場から抑えた歓声が上がる。
的板の揺れが収まり、正確な位置を確認するベッコム。
矢が刺さっているのは中心から約六~七センチと言ったところだろう。
「紬くん……どうなの、あれ?」
肩の上でリリスが、心配そうな声色で呟く。
「うん……正直、手強い」
あの無造作な〝離れ〟からは想像もつかない正確な射線。
弓道にも礼節を重んじる礼射系のほか、実利性を重視した武射系もあるが、いずれにせよ、戦後は競技やスポーツとして発展してきた経緯がある。
あの、碧髪の女ノームが見せたような無骨な実戦射技とは全く別物と言っていい。
続けてブーケが、逡巡もなく二の矢を
そして先程と同様、独特のスタイルから大した溜めもなく放たれる矢。
射抜いた先は……。
一本目よりもさらに、わずかに内側!
再び、広場に広がる驚嘆のどよめき。
「つ、紬くん! ど、どうすんのよあれ!?」
「どうしようもない」
チラリと可憐の方を見ると、俺と目が合い軽く首を振る。
おそらく、昇降穴の位置の割り出しが難航しているのだろう。
まあ、それはそうだろう。
メアリーを連れながらでは歩き回って探すわけにもいかないし、この状況で昇降穴の位置を尋ねて回っても、おいそれと教えてくれるノームもいないだろう。
考えてみれば、昨日ここへ来たメアリーはもちろん、他の皆もここに住んで間もないわけだし、全員が全員昇降穴の位置を知っているとも限らない。
可憐の前で、メアリーも心配そうに、大きな碧い瞳をこちらへ向けている。
恐らく、大長老の居住区の背面に見えた大きな岩壁の裂け目が怪しいのではないかと、俺は目星はつけていた。
ぐるりと見渡してみても、来た道とその裂け目以外は集落から出られそうな場所が見当たらないし、古今東西、脱出口は常に重要人物の近くにあるものだ。
いざとなればそこを目指して強行突破するしかないか。
予想が外れれば袋の鼠ではあるが……。
その時。
オオ――ッ、と、これまでで最も大きな歓声が上がり、いつの間にか三本目の矢を放っていたブーケに気が付く。
くそっ!
二本目の結果を見て、知らないうちに負けた後の事を考え始めてた!
ダメだダメだ!
こんなことじゃ、万に一つの勝ち目も無くなっちまう!
ブーケの三本目は、二本目のさらに内側……中心から三センチという位置。
結果、それがブーケの最終成績となる。
今度は俺が、ゆっくりと射位に向かって歩き出す。
「そんな細腕で、まともに弓が引けるのかしら?」
すれ違いざま、ブーケが勝ち誇ったように微笑みかけてきた。
確かに、ノームの射法はかなり腕力の要りそうなフォームだ。
バッカスたちも、使い魔頼りのビーストテイマーがまともに弓を引けるなどとは、そもそも思っていないのだろう。
「ご心配、どうも」
と、精一杯の強がりを返して、俺は射位に立つ。
標的までは二十メートル強。
近的場の二十八メートルと比べると、かなり近く感じる。
標的の直径も、三十六センチの近的用よりは一回り大きい。
――想像以上に近く見えるな。
そのおかげか、あまりプレッシャーは感じない。
ただし、黒い三重丸、最内の円は直径が約十五センチ、さらにその内側の、直径十センチ程の白い中心円に当てなければ勝ちはない。
いくら平常心で臨めても、慣れない環境でいきなり当てるには厳しい大きさだと言わざるを得ない。
でも、絶望を感じるほど小さな標的というわけでもないよな。
負けたら負けたで、後のことはその時だ。
今は目の前の標的に集中!
「紬くん、頑張ってね!」
「……ああ」
リリスの声に答えながらゆっくりと〝打起こし(※弓矢を上に持ち上げる)〟の動作に入り、続いて弓と弦を引き分ける。
視界の隅で、バッカスとブーケの顔から笑みが消え、小さな驚嘆が聞こえた。
初心者では弦を引くことすら難しいのだが、俺がズブの素人ではないという事実は少なからず衝撃を与えたらしい。
「集中集中! しっかり的を見て、紬くん!」
リリスの掛け声に、心の中で頷きながら弓を引き絞る。
さらに、
「重力で
と、リリスのアドバイスが続く。
俺は、ふうぅ――っ、と大きく息を吐きながら、引き分けた弓を一旦元に戻して右肩のリリスを流し見ると、
「ちょっと、黙っててくんねぇ――かなぁ!?」
「……え?」
「集中できないんだよ!」
「だ、だって紬くん、反応ないから、聞こえていないのかと思って……」
「こっちは息止めてんだよ! 反応できるか!」
できたとしても、集中力を高めてる最中にリリスと話なんてしてられない。
「フンだ! じゃあもう何にも言わない! 何も教えてあげない!」
リリスがプイッ、とそっぽを向いて
ほんとに黙ってて欲しいので、今はこのまま放っておこう。
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