05.翔破
俺とリリスがすったもんだしていると、
「おい! さっさとしねぇか!」と、バッカスに
「わあってるよ!」
返答して、もう一度ゆっくりと〝打ち起こし〟から〝引き分け〟へ。
ブーケが見せた実践的な射技に比べたらなんとも
広場のノームたちにとっては災禍を
その意味では、完全に
しかし、一旦途切れた集中力はなかなか元には戻らない。
――もう一度仕切り直すか?
いや、さすがに二回も戻しては、それこそアウェーになりかねない。
とりあえず一本目は弓の感覚も掴みたいし、このまま続行か。
直後、バインッ! と音がして標的が激しく揺れた。
矢は……大外枠に辛うじて当たったものの、標的には刺さらず弾かれる。
――チッ!
近的場の場合はやや斜め上を向くように標的をセットするのだが、この勝負では木枠の四隅から紐で吊って固定している為、地面に対して垂直なセッティングだ。
安定感にも乏しく、
力が均等にかかる中心付近でなければ、標的に矢を留めることすら難しい。
「ぐふふふ。初めて使ったにしちゃあ上出来上出来!」と、大袈裟に拍手をするバッカスだが、言葉とは裏腹に、顔は勝ち誇ったようにニヤけている。
「紬くん、今、集中力が切れてたよ」
――おかげさまでな!
と、怒鳴りたいところだったが、感情の揺らぎは集中力の敵だ。
バッカスに苛立ち、さらにリリスにまで腹を立てていたのでは、コンセントレーションを理想的な状態に持っていくことなど不可能。
――平常心だ、平常心……無心で集中!
そう心の中で呟きながら二の矢を
一本目でおおむね弓の〝感じ〟は掴めたが、三本目まで引っ張っては、後がないプレッシャーでさすがに平常心を保てる気がしない。
――勝負は、この二本目だ!
無心になる……というのは存外難しい。
そこで俺は、弓とは別の何かに意識を集中させるという手をよく使った。
射技中にイメージしたのは、俯瞰した自分の姿。
今、標的に向かって〝会〟の状態にある自分を真後ろから眺める感覚。
標的と重なり、弓を引き絞った俺の後ろ姿がぼんやりと目の前に浮んでくる。
――よし、さっきよりは良い状態だ。悪くない!
「べっぶしゅうぅぅぅんっ!」
突然、右肩から水風船を砂利道に叩き付けたような音がした。
驚いて、思わず矢筈から指を離すと、放たれた矢は――。
標的を外れて後方の木柵に突き刺さる。
同時に広場を埋め尽くす、わずかに嘲笑の入り混じったような溜め息。
呆気に取られて右肩に目を向けると、両手で口元を押さえながら上目遣いでこちらを見返しているリリス。
「ご、ごめんなさい……。くしゃみ、我慢しようと思って堪えたんだけど……」
正直、ぶん殴ってやるくらいの勢いで睨みつけた俺だったが……今にも泣き出しそうなリリスの顔を見て、急速に怒気が消沈する。
――こいつも……さすがにわざとじゃないよな……。
考えてみりゃ、リリスなんかを肩に乗っけたまま勝負に挑んでいた俺も悪い。
それに――。
心のどこかで、もしあのまま何事も無く射ることが出来ていたとしても、ブーケの矢の内側に当てることはできなかっただろう……と言う、そんな予感もあった。
良くも悪くも、先読みの直感だけは研ぎ澄まされているような気がする。
「……いい。気にすんな。まだ、もう一本ある」
キョトンリリスが俺を見つめ返す。
てっきり、もっと怒られるのかと思っていたのだろう。
「わ、わざとじゃないよ?」
「わざとだったらブッ飛ばしてるわ!」
「ぐふふふふ。なんだそのポンコツ使い魔は? ご主人様の足を引っ張りまくってるじゃねぇか。ぶははは」
可笑しそうに吹き出すバッカスの横で、ブーケも、
「一回は一回だからね。ノーカウントにはしないよ」と、念押し。
「分かってるよ! あと一回ありゃ十分だ!」
強がりを返し、再び最後の〝射〟に向けて、〝胴作り〟から〝弓構え〟の体勢へ。
その時。
フッ、と右肩からリリスの気配が消えた。
見れば、羽を出してフワフワと俺の頭上に飛んでいくのが見える。
何やってんだ、あいつ?
居たたまれなくなって離れたのか?
それならそれで、可憐の方にでも行ってりゃいいのに……。
やがて、リリスの亜麻色の髪が
マナが使えるようになってできるようになった変化だろうか?
――いや、そんなことより集中だ!
今は余計なことに
ラスト一本、切れかけた集中力をもう一度取り戻さなくては。
頭上で弓を打ち起こし、続けてゆっくりと下ろしながら引き絞る。
標的に狙いを定める〝会〟の状態に入った時、その変化に気が付いた。
何か、夢の中で佇んでいるような不思議な違和感。
周囲からの一切の感覚が遮断され、ただ静かに、青白い光の筋が、矢尻と標的の中心を結ぶ。
――な……なんだこの光の筋は?
アスリートの体験談などでよく聞く、ゾーンみたいなものか?
ただ、一つだけはっきりと分かるのは、かつて経験したことがないほど感覚が研ぎ澄まされているということだ。
稀に、標的を外す気がしなくなるほど調子の良い時があるが、今はその何倍もの確信が
まるで、矢を標的に導くレールのようだ。
全身から余計な力が抜け、自然と矢筈から指が離れる。
光のレールに乗った決着の矢が、標的までの二十メートルを一直線に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます