06.もう一つの宝具

 光のレールに乗った決着の矢が、標的までの二十メートルを一直線に翔破しょうはした。


 同時に、アンバランスに研ぎ澄まされていた感覚が急速に常態へ戻る。

 再び五感を刺激し始める、炎の熱さと焦げた臭い。

 何だったんだ、今の感覚は? い、いや、それよりも……。


――矢はどうなった!?


 矢の命中を受けてぐらぐらと揺れていた標的まとが、静かに動きを止める。

 徐々に広場を埋め尽くして行く、驚嘆のざわめき。

 矢が刺さっていたのは……ど真ん中! かっ……、


――勝ったぁ――っ!


「っしゃああぁぁぁぁ――っ!!」


 思わず、左の拳を高々と突き上げる。

 礼節を重んじる弓道の競技会では決して見ることのないガッツポーズ。


 でも、今は、競技会なんかじゃない。

 仲間の命運を賭けた一射だったんだ!


 胸の中にドッと押し寄せてきたのは、勝負に勝った喜び、そして、強行突破をせずに済んだという安堵感。


「「「ウォォォォ――――ッ!」」」


 驚嘆のざわめきはすぐに興奮のさざめきに変わり、やがて広場は歓声の坩堝るつぼと化する。


 食人鬼グールが本当に打ち倒されているのなら、俺が勝つはず。

 言い方を変えれば、射技戦での俺の勝利はグールの脅威が去っていることの証左となったのだ。屁理屈などではなく、シャーマンによる神託のお墨付きで!


「パパァ――――ッ!」


 メアリーが、目から光るものを弾かせながら駆け寄ってくる。

 その後ろから、ゆっくりと可憐も続く。

 もちろん、笑顔だ。


 続いて、右肩に舞い降りるリリス。

 ……が、くたびれた洗濯物のようにグッタリと腹這いになっている。


「お、おい! どうした、リリス!? それに……その髪の色……」


 いつもの亜麻色の髪ではなく、抜けるようなサファイアブルー。


――リリスに、何が起こった?


 しかし、驚いて見ている間に、髪はみるみる亜麻色に変化してゆく。

 普段通りの姿に戻ると、ぐったりしたまま首を捻り、汗で額に張り付いた前髪の奥から虚ろな眼差しを俺に向けて、


「あ~、無茶しちゃったぁ……」

「おまえ、汗びっしょりだぞ!? 無茶って、何したんだよ?」

「魔界の姿に戻って、紬くんに……夢を、見せたのよ……」

「魔界での姿? 夢?」

「うん……って言っても、完全な夢じゃなくて……不要な感覚を、シャットアウトして……その分を、目と指先に集中させて、研ぎ澄まさせた……みたいな……」


 じゃあ、あのゾーンのような感覚は、半分夢の世界だったのか?


「なんつぅか……すげぇ夢魔っぽいな……」

「ちゃんと、夢魔だから! 私のせいで集中力が切れちゃったって言うし、何とかしたくて……」

「それにしたっておまえ、なんでこんな状態に?」

「あの指輪を付けてから、いい感じで、体内に魔力が循環してたんだけど……一気にからになっちゃった」

「か、空!?」

「身体のサイズも小さいし、起きてる人に夢なんて普通見せないからね……」

「だ、大丈夫なのかよ!?」


 魔力が空になった時の体への負担は、俺も身を以って知っている。

 トゥクヴァルスでのことを思い出して慌てて問い返したのだが、


「魔力の消費スピードが、一時的に供給スピードを上回っただけみたいだけど……大丈夫、一時的なものだから」


 そう言ってリリスがニコッと笑う。

 だいぶキツそうな作り笑いだが……。


「じゃあ、真ん中に当たったのも、おまえのおかげだったのか……」

「まあねぇ~♪ ……でも、私は集中力を高めてあげたただけだから、紬くんにも実力がなければ上手くはいかなかったと思うよ」


 弓道においては、集中力を保つことだって技術の一つだ。

 そう考えれば、勝負に勝てたのはやはりリリスのおかげと言っていい。


「……ありがとな」

「エヘヘ……」


 力なく笑うと、俺の肩に顔を埋めるようにグッタリ状態に戻るリリス。


――さて……と。


 俺はゆっくり、バッカスとブーケを振り仰ぐ。

 そこには、まさに茫然自失と言った様子の二人。

 あまりにもテンプレートな負け犬フェイスに、逆に感心するぜ。


「約束だ。メアリーは俺たちと一緒に行く。異存はないな?」

「そんな……ばか、な……。あんなヘロヘロの弓でど真ん中だと? あり得ん」


 まあ、こっちの実戦を想定した武器としてはヘロヘロなんだろうな。

 だが、弓道部の貸し出し用の弓で練習していた俺にとっては、むしろ上等なくらいだったぜ!


「よし、メアリー! パパたちと、一緒に行くぞ!」


 メアリーの手を取り、振り返って可憐と目を合わせる。

 しかし、なぜか驚いたように目をみはる可憐。

 その瞳孔が、右から左へゆっくりと流れて行く。

 焦点の位置は――。


――俺の背後か!?


 反射的に振り返るのとほぼ同時に、バッカスが両手で何かを受け止める。


――あれは……ベッコムが持っていたサッカーボール!?


 どうやら、ベッコムがバッカスの位置まで蹴り飛ばしたようだ。


「ツムリィ――――ッ!」

「ど、どうした!?」

「カリィ――ン!」

「何だ?」


 バッカスが俺たちの名を呼んで、ニヤリと笑う。


「パパ! ママ! お返事をしてはいけませんっ!」と、メアリーが叫ぶが……。

「もうおせぇぇぇぇっ!」


 血走った眼でバッカスも叫ぶ。

 いつの間にか、手に持ったボールの一部が蓋のように開き、暗い開口部がこちらに向けられていた。


「冥土の土産に教えといてやる! こいつぁ、村に伝わるもう一つの宝具! ソウルイーターだぁ!」

「……魂喰いソウルイーター?」

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