07.バッカスの弁明

「……魂喰いソウルイーター?」

「そうだ! こいつを持って相手の名を呼ぶだろ?」

「だろ、って言われても……」

「それで、相手から返事が返ってくればその魂を抜き取るって代物しろもんだ!」


――こいつ、ほんと説明好きだな……。


 そういや、子供のころに読んだ『西遊記』って物語でも、金角・銀角とかいう二人組の鬼が似たようなアイテムを持ってた記憶がある。


「どうだ? もう意識が遠くなってきてるはずだ! さっさとひざまずけ! 抜け殻となったおまえらを、一生奴隷としてこき使ってやるっ!」


 いや、女の方は肉奴隷か……などと下衆な言葉を呟きながら、「ぐふふふ」と下品な笑みを零すバッカス。


 しかし――。

 平然としている俺たちを見下ろしながら、次第にその笑みは消え失せ、代わりに広がっていくのは焦りの色。 


「な、なんでだ? なぜ、何も起きねえ?」

「なあバッカス? もしかして、呼びかける名前って本名じゃないとダメなんじゃねぇの?」

「あ、ああ……そりゃそうだが……。ま、まさか!?」


 まさか……って言うほどか?

 カリンはともかく、どう考えたってツムリなんておかしな名前だろ。


 次の瞬間――。

 明らかに動揺するバッカスの眼前に、人影が肉薄する。


――可憐だ!


 両手で握っているのは鞘から抜き放たれたクレイモア。

 落ち着いて見止める間もなく、足元から真上へ斬り上げ一閃!

 垂直にほとばしる白銀の斬激が、バッカスの両手の間を通過した。


「んなっ!?」


 瞬刻遅れ、ソウルイーターに浮かび上がる黒い一筋。

 慌てて持ち直そうとしたバッカスの手元から、真っ二つに割れたソウルイーターが空しく地面に転がり落ちた。


――可憐のやつ、宝具を斬っちまったよ!


「こ……このクソアマァァァ! 何てことしやがんだっ!」

「貴様こそ失念してないか? そんな物騒な物を他種族に向けた時点で立派な協定違反だ。当然の自衛措置であることは、この広場のノーム全員が証人だ」


 ぐぬぬ……と、言葉を詰まらせるバッカスに、さらに畳み掛ける可憐。


「そもそもこんな物を持ち出して試合の結果を反故にすれば、貴様らが大事にしている神託とやらに唾をかける行為にもなるんじゃないのか?」

「そ……そうだ、神託!」


 何かを思い出したように慌てて祭壇から駆け下りるバッカス。

 長いフードローブを纏ったシャーマンの元へ向かい、その腕を乱暴に掴むと再び祭壇の下まで連れて来て声を張り上げた。


「さあシャーマンよ! 生贄がこのまま人間共こやつらに連れ去られることを黙過するおつもりか!? 新たなる神のご意思を、今ここで示されよ!」

「おいおい……」


 そんな後出しが許されちまったら、キリがないだろ!


 さすがに、バッカスのこの言葉を聞いて、広場に集まったのノームたちの間にもザワザワと微妙な空気が漂い始める。

 しかし、必死のバッカスには、もはやそんな空気を読む余裕もなさそうだ。


「ほんと、小物感満載になってきたわね、あいつ」と、リリス。

「お? 復活したのか?」

「まだちょっと頭がふらふらするけど、その指輪のおかげですぐに魔力は溜まるようになったから。あとは、和牛が食べられたら完璧!」

「和牛じゃなきゃダメなんだ……」


 その時、火柱の焦げた臭いの中に、わずかに別の匂いが漂ってきた。


 この匂い、どこかで嗅いだことがあるぞ?

 ラベンダーのような……でも、他にもいろいろな香りが入り混じったような、薬香のような臭い……これは確か……。


「おい、リリス。 あの、シャーマンのローブ、切り刻めるか?」

「えぇ――……。できるっちゃできるけど、私、病み上がりなんだよ?」

「知ってるけど、おまえならものの数秒だろ?」


 そう言いながら六尺棍を出すと、リリスもやれやれと言った感じで立ち上がる。


「ったくぅ! 夢魔使いが荒いんだから!」

「帰ったら、なんでも好きなものおごってやるから」

「A5だよ!」

「え?」

「和牛だよ和牛!」

「あ、ああ……」


 そんなランク分け、こっちにもあるのか?


「でも、大丈夫なの? あいつ、ここでは神様みたいなやつなんでしょ?」

「多分、大丈夫だ」


 俺の言葉が終わるや否や、リリスが宙へ飛び出し、シャーマンの眼前でメイド騎士モードに移行する。


「な、なんだお前!? や、やる気か!?」


 バッカスが腰の得物に手を掛けるが、構うことなくレイピアを抜き放つと、二、三度ヒュンヒュンと剣を振って再び鞘に収めるリリス。

 バッカスが抜剣する前には、すでに俺の肩へと戻っていた。


「また、つまらぬ物を斬ってしまった」


 と、何かのモノマネをするリリスの声に合わせて、切り刻まれたシャーマンのローブがはらりはらりと地面に落ちて行く。


 中から、呆然とした表情で現れたのは、赤髪の、痩せた眼鏡の男ノームだ。

 左手には、野球ボール程の水晶のようなアイテムを持っている。


 ポーカー部屋で嗅いだ匂いと同じ香りがシャーマンからも漂ってきていたので、まさかとは思ったが――。


「やっぱりな……。シャーマンの正体はビッカスだ!」


 ザワザワと、広場中に不穏な空気が広がる。

 ガウェインの話では、シャーマンをやっているのはバッカスの曾祖母だったはず。

 ポーカーでカードを配っていたあの男が曾祖母であるはずがない。


「どういうことなんだよ、これは?」

「あ、いや、これは、違うんだ……代理というか……」


 俺の問いに、しどろもどろになるバッカス。

 代理なんて……どう考えても苦し紛れの出任せだ。


 ふと見ると、レアンデュアンティアの三兄弟も、この状況に呆気に取られた様子で口をぽかんと開けている。

 あの様子では、あいつらもこのことは知らなかったんだろう。


 その時、ノームたちの一部がどよめく。

 すぐに人垣が割れ、その向こうから現れたのは――。


「これは、どういうことなのだ、バッカスよ?」


――ガウェイン!


 さらにその後ろには、俺たちの天幕テントで変なガスを使いやがったブランチェスカが決まり悪そうに控えている。

 他にも、大長老のテントで見た顔が何人か付き従っていた。


 ここは、余所者の俺があれこれ責めるより、同じノームであるこの爺さんたちに任せた方が良さそうだ。


「これは、その……数年前に曾祖母が亡くなり……次のシャーマンに使命されたのが弟のビッカスで……」

「全くそんな報告は受けておらんがな?」

「たっ、たまたまうちの者同士の引継ぎだったゆえ……あえて報告するまでもないと思い……内々に済ませて――」

「バッカスよ。もしその話が本当であるならば――」


 苦しい言い訳にしか聞こえないバッカスの弁明を、ガウェインが途中で遮るように反問を開始する。


「ビッカスが持っているその神水晶しんすいしょうに、シャーマンの名――つまり、ビッカスの名が示されているはずであろう? それを確認させてもらえるかの?」

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