08.神水晶

「ビッカスが持っているその神水晶しんすいしょうに、シャーマンの名――つまり、ビッカスの名が示されているはずであろう? それを確認させてもらえるかの?」


 ガウェインの言葉を聞きながら、歯軋はぎしりの音が聞こえてきそうな程に頬を強張らせるバッカス。

 あのシャーマン――いや、それに成りすましていたビッカスが持ってるガラス玉のような物が、神水晶とみて間違いなさそうだ。

 わざわざあんな物を持ち歩いているということは、神託とやらもあそこを通じて示されるのだろう。


 その時。

 突然バッカスが、ビッカスの手から水晶を奪い取ると大きく振りかぶった。


「なぁにが神水晶だっ! こんなもんに集落全員が振り回されやがって、馬鹿じゃねぇのか!?」


 あ、あいつ、自分で何言ってるのか分かってんのか!?

 たった今、これまで絶対視してきた価値観を全否定したんだぞ?


「止めんか! バッカス!」と、制止するガウェイン。しかし――。

「こんなもん、今ここでぶっ壊してやるっ! それが、最後の神託だぁ!」


 叫び終わるなり、バッカスは思いっきり神水晶を地面に叩きつけた。

 その衝撃で、粉々に……。


――って、あれ?


 下に投げつけられた神水晶は、何らかの魔法効果マジックエフェクトでも付与されていたのか、地面からギリギリ数センチの所でピタリと滞空し、それからゆっくりと着地した。

 さらに、傾斜に沿ってゴロゴロと転がっていった先で――。


 足元の神水晶を拾い上げたのは、ガウェインだった。

 広場に集まったノームたちも、事の成り行きを確かめるかのように、固唾を飲んで静まり返っている。


 燃えさかる薪から水分の爆ぜる音だけがパチパチと響く中、神水晶を顔に近づけ、片目をすがめて中を覗き込むガウェイン。

 数秒後、水晶から顔を離した老ノームの両眼はわずかに見開かれ、その瞳孔には驚愕と、そして悔恨の色がありありと浮んでいた。

 

「水晶に選ばれし者を、わしは今、しかと確認した!」


 集まったノームたちに向き直り、低いがよく通る声でガウェインが語り始める。

 そして、石壇の下では、がっくりと膝を折るバッカス。


「シャーマンの名は、セレピティコ・カトゥランゼル・ウル・アウーラ!」


 広場が、震える。

 ゆっくりと、意味を噛み砕くように始まったどよめきは、やがて大きなうねりとなってノームたちの間に広がっていく。


『セレップだ……。セレップがシャーマンだったんだ!』


 騒然――。

 あちこちから湧き上がる、叫喚のような呟き。


 メアリーと繋いでいた俺の左手が、ギュッと強く握り返される。

 視線を落とすと、その先には呆然とガウェインを見つめるメアリーの横顔があった。

 いや……メアリーだけじゃない。

 俺も、可憐も、そしてリリスでさえも、思いがけない展開に言葉を失っていた。


――メアリーが、シャーマンだって!?


「ジュールバテロウ、及びレアンデュアンティアの者たちを捕縛せよ!」


 ガウェインの命令と同時に、付き従っていた三、四十人程のノームが、守護家の七人取り囲み、あっという間に拘束する。

 物々しい装束を見る限り、集落における自警団のような連中だろうか?

 テントで、リリスに蹴りまくられていたジャンバロの姿も見える。


――あいつ、意外と頑丈だな……。


 異能の力があるという守護家の連中も、この人数の屈強なノームを相手に抵抗を諦めたのか大人しく連行されて行く。

 いや、もしかすると、インチキ守護家のジュールバテロウは異能の力すら授かってなかったのかも知れない。


「さて……」


 捕り物の様子を窺っていたガウェインだったが、バッカスたちの姿が見えなくなると、今度はゆっくりと俺たちの方へ向き直り、


「そなたたちはこれから、我々の座所までご足労いだけまいか?」

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