09.変異虹彩

 大長老エリアの大天幕テントの中、中央には俺と可憐とリリス、そして最初に会った五賢者が、毛氈もうせんの上に腰を下ろして車座に並んでいる。

 輪の中央には、肉や野菜が載せられたカナッペやチーズの入った皿が並べられ、さらにその中央には、両足を投げ出して料理を頬張るリリスの姿も。


 最初に接見した時の評議形式の配置と比べると、かなり打ち解けた感じだ。


「結局あいつら――バッカスたちがメアリーの命を狙った本当の理由は、現シャーマンという存在が目障りだった、と言うことか?」

「それが一番の理由であろうな。巫女シャーマンを別の者に変えるには、現シャーマンをほふるのが一番手っ取り早いからのぉ」


 俺の質問に答えるガウェイン。

 その横には、ジャンバロに催眠香を使わせてメアリーをバッカスたちに引き渡した実行係、ブランチェスカも澄まし顔で座っている。


 よほど詰問してやろうかとも思ったが、ここへ来る前に、可憐かれんに釘を刺されていたので止めておいた。


 ブランチェスカの行動は、当然独断であったはずはない。他の五賢者も承知していたことだろう。

 ただ、状況が大きく変わった今、ことさらにかんを立てて五賢者を追及してもメリットはないというのが可憐の意見だ。

 メアリーの身に起こったことを考えると、モヤモヤする気持ちがないと言えば嘘になる。

 しかし、可憐の言うことももっともだし、ここは俺も大人になるか。


 ガウェインの説明に、今度は可憐が首を傾げ、


「しかし、メアリーの次のシャーマンが、必ずしもあのビッカスになるとは限らないのではありませんか?」

「うむ。確かにビッカスがピンポイントで選ばれるとは限らぬな。ただし、シャーマンに選ばれるノームにはある共通点があってな……」


 ガウェインによると、〝緋眼〟と呼ばれる赤い瞳を持っていることが、シャーマンに選ばれる者の共通点ということだった。

 そして、バッカス率いるジュールバテロウ家も、代々緋眼の子が生まれやすい家系であったことは事実らしい。


 そう言えば、ビッカスもベッコムも赤っぽい瞳をしていたな。

 陽の光の届かない環境なので、そこまで気にはしていなかったが……。


「緋眼を持ったノームはそう多くはおらん。特に今は、ジュールバテロウの者たちを除けば片手で数えられるほどだ」

「なるほど……現シャーマンを屠れば、次のシャーマンに選ばれる可能性もそれなりに高かった、というわけですね」

「少なくとも、連中はそう思っていたようだの。実際には、あのような心根の者たちが神の託宣を得るなどあり得ぬだろうが……」


 仮に選ばれなかったとしても、神水晶を握っていれば外に漏れることもないし、自分たちの中から選ばれるまで、シャーマンを殺し続けるつもりだったのだろう……と言うのが、この老ノームの見解だ。


 それが本当だとしたら、とんでもない連中だぜ!

 そうまでして手に入れたくなるくらい、集落におけるシャーマンの権力は絶大だったということか。


――あれ? でも、ちょっと待てよ?


「メアリーは碧眼だよな? なのに、シャーマンって、おかしくないか?」

「うむ。それにはわしも少々驚いたが……」


 と、今度は俺の方へ向き直りながらガウェインが続ける。


「碧眼はノームの中でも相当に珍しかったので前例がなかっただけで、要は、特殊な瞳の色――変異虹彩が共通点だったと考えれば合点は行く」

「なるほど。確かに、他のみんなは、黒や茶色がほとんどだったな」


 それにしても、偽のシャーマンを立てたまま延々とみんなを騙し続けるなんて、できるものだろうか?

 俺の疑問を見透かしたように、再びガウェインが口を開く。


「シャーマンの件以外にも、バッカスの横暴を許していた理由がもう一つある」

「もう一つ?」

「うむ……ソウルイーターだ」


 あの、可憐が叩き斬った宝具のことか。

 いろいろ発動条件はあったようだが、相当危険な魔具であったことは間違いないし、あんな物を持ち歩かれてたんじゃ、確かに気持ちは休まらないよな。


「あれは元々、先祖がダンジョンの管理をしていた頃に授かった〝恩恵グレイス〟なのだが、あまりに危険過ぎる故、長らく守護家と長老衆の管理の下、封印されておったのだ」


――ダンジョン? グレイス?


 何のことなのか分からないが、疑問に思ってる者が他にいないようなので、後で誰かに訊くことにしよう。

 本当は、こういう時にリリスが質問してくれたりすると助かるんだが……あいにく今は食事に夢中らしい。


「もしかして、この集落で、皆があまり本名を使わなかったのも……」

「あの宝具の存在ゆえだな。あれが出現したせいで、本名を呼び合うこと自体が忌み嫌われる行為として受け継がれるようになったのだ」


 その宝具の封印を、バッカスたちが何らかの方法で解いたことにより、集落における悪徳政治カキストクラシーを確固たるものにした、というわけか。

 メアリーが俺たちを本名で呼ばなかったのも、そう言う理由からだったんだな。


「申し訳ありませんでした。自衛のためとは言え、一族の宝具を真っ二つに……」


 可憐の謝罪に、しかし、ガウェインは首を振り、


「いや、あれはあれで良かったのだ。神からの恩恵のはずが、いつの間にか一族の足枷となり、いわんやバッカスのような者の増長まで招いてしまっていたからの。一族が呪いから解放される、よいきっかけだったのだ」


 その時――。


 天幕テントの奥にあったもう一つの入り口が開き、年輩のノーム二人に付き添われて小さな子供のノームが入ってきた。

 黒地に金糸の刺繍があしらわれた、一見して上等そうなローブをまとっていたが、フードの下から現れたのは艶やかな金色のショートボブ。

 眉の下で切り揃えられた前髪の奥から、鮮やかな碧眼をまっすぐにこちらへ向け、俺たちの姿を見止めて満面の笑みを浮かべる。


――メアリー……。


 従者のノームの二人は、それぞれ水晶らしきものを手に持っている。一つは、バッカスたちが管理していた神水晶だろう。

 そしてもう一つは……。

 少し赤味がかった、神水晶よりも一回り小さな水晶だ。 


――あれも、シャーマンに何か関係のある代物なんだろうか?


「パパ! ママ! リリッペ!」


 駆け寄ってきたメアリーの前に立ち塞がるように、ゆっくりと腰を上げたのはガウェインだ。

 全員をぐるりと一瞥して、口を開く。


「改めて、紹介させていただこう。このお方が新しいシャーマン……セレピティコ・カトゥランゼル・ウル・アウーラだ」

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