10.もう遅いのです
「改めて、紹介させていただこう。このお方が新しいシャーマン……セレピティコ・カトゥランゼル・ウル・アウーラだ」
……が、そんなガウェインの脇を、邪魔な枝葉でも
「まったく、参りましたよ!」
そう言いながら、例によって俺と
「参った? 何が?」
「突然衣装部屋に連れていかれて……。実戦向けの対魔ローブでいいと言ったのに、こんな改まったお洒落ローブしかないんですよ」
これでもなるべく動き易そうなのを選んだのですよ? と、ローブの裾を摘んで見せるメアリー。
「まあ、いいでしょう。地上に行ったらちゃんと実用的なやつを買ってもらいます」
「あ、ああ……うん……」
「この、無駄にお洒落なローブを売れば、ちょっとは足しになるはずですし」
「……そうかもな」
ん? と、俺の歯切れの悪さを訝しむようにメアリーが首を
「どうかしたんですか、パパ?」
「いや……あ、そうそう! そう言えばメアリーのおかげで助かったよ」
「ん? 何がですか?」
「ほら、ソウルイーター対策の……」
「そうるいーたー? 対策?」と、メアリーがまた、反対側に首を
「ほら、バッカスがあんなおっかない宝具を持ってるって知ってたから、ずっと俺たちの本名を呼んでなかったんだろ?」
「あ……ああ! はい、まあ、そんな感じですか?」
あれ? なんで疑問系?
もしかしてこいつ、本気で俺たちの名前を間違えてたのか?
そう言えば、バッカスが俺と可憐の名前を読んだ時も、必死で『返事をするな』って叫んでたっけ……。
「はっはふはひは、ほうはふほ?(※バッカスたちは、どうなるの?)」
パンを頬張りながら、リリスが訊ねる。
「バッカスたちかの? まあ、この後の長老会の決定次第じゃが……バッカスは恐らく、極刑は免れんじゃろうな」
ガウェインの説明に、一瞬、場が静まる。
――改めて宣言されると、複雑なものがあるな。
「これはノームの問題だからな」
俺の晴れない表情に気付いたのか、可憐が声をかけてくる。
「分かっている」
生贄の件のように、メアリーの命に関わるような事態ならともかく、あんな下衆野郎の安否まで気にして一肌脱ぐほど、俺もお人好しじゃない。
「他のジュールバテロウの者は禁固百年、レアンデュアンティアの三兄弟はバッカスたちに騙されておったようだし……百年間の糞便処理係でもやらせるかの」
そいつらが裁きを受けるなら、
メアリーの身の安全が保障されるなら、それ以上に望むことは、俺にはない。
それにしても、糞便処理係かぁ……。
下水が整っている人間の生活圏と違って、ここではそういう仕事も必要なのか。百年もそんなことさせられるのは、ある意味禁固よりキツい気もするが……。
「まずは、ツムリ殿、カリン殿。この度の一件では、真シャーマンであるセレピティコの命を救っていただいたこと、改めて感謝の辞を述べさせていただこう」
ガウェインが
「いや、それは別に、シャーマン
しかし、俺の言葉にも面を上げることなく、ガウェインが続ける。
「また、バッカスに扇動されていたとは言え、一時は
「ま、まあ、それも済んだことだし……いいよもう」
とは言え、未だに釈然としない部分は残っている。
メアリーに降り懸かっていた命の危険は、バッカス一味の捕縛を以って去ったと見ていいだろうが、ノームの社会システムそのものは何も変わっていない。
新しい守護家が再選定され、なんらかの災禍に見舞われた時、新たに生贄が必要になるかも知れないのだ。
その時にまた、第二、第三のメアリーが生まれる可能性もある。
ガウェインたちが頭を下げているのは、あくまでもバッカスたちの横暴を許したことに関してであり、生贄と言う未開の悪習に対する
もちろん、そこまでの心配は俺の手に余る話だ。
メアリーの命が助かっただけで良しとするしかないのは分かっている。
ただ、だからと言って諸手を挙げて喜ぶ気持ちには、どうしてもなれない。
「それではそろそろ、本題に入らせていただこうかの……」
ようやく頭を上げると、ガウェインが
――いよいよ、か。
「昨日は、セレピティコやそなたたちの意思が変わらなければ、共に地上へ送り出すことを承認しようと申したが、見ての通り状況が変わった」
予想通りだ。
今後のメアリーの身の振り方……避けて通れない議題だ。
とりあえず俺も可憐も、
「変わったと言うのは、どういうことですか?」
「シャーマンに選ばれていたのがそなたであった、ということだよ」
目を細めて答えるガウェインに対して、しかしメアリーは首を傾げながら、
「それがどうしたというのですか? メアリーは、シャーマンなんか務めるつもりはさらさらないですよ?」
「そう言うわけにいかぬ。いざと言う時に一族の行く道を示す存在が必要なのは、ここで生まれ育ったお主なら存じておろう?」
「お言葉ですがガウェイン様。今さらそのような話をされても、もう遅いのです。ついさっきまでメアリーの死を望んでいた人たちのために、なぜ自由を放棄しなければならないのですか?」
「戸惑いを感じるのは分かる。だが、シャーマンともなれば、身の安全はこれ以上ないレベルで保障され――」
「そういう話をしているのではないのです!」
いつになく険のある声色で反問するメアリー。
「そんな人たちのために、なぜメアリーが、パパやママと離れなければならないのかを訊いているんです!」
「そなたの両親の魂は、この地に眠っておる。その者たちは人間だ。しょせん、亜人とは相容れぬ存在なのだ」
「そんなことありません! ツムリやカリンとは、ずっと上手くやってきました! これからも、ちゃんと上手くやっていけます! ま、ママからも、ちゃんと話してください!」
メアリーに太股を揺すられた可憐が、ガウェインに確認する。
「本当に、メアリーの身の安全は保障されるんですね?」
「もちろんだ。この大長老のエリアで、専用のテントを用意して暮らすことになるであろう。もちろん、友人たちとの面会も自由に行ってよい」
頷く可憐。
そして今度は、横に座るメアリーの方へ向き直り、口を開く。
「なあ……メアリー?」
「な、なんですか、ママ?」
続いて紡がれた可憐の言葉を聞きながら、その予想もしていなかったであろう内容に、メアリーの目がみるみる見開かれた。
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