11.光の大粒
「な、なんですか、ママ?」
「私は思うんだが――」
珍しく
「改めて、一族の中で暮らすことを考え直してもいいんじゃないか?」
「……え?」
「バッカスに扇動されたとはいえ、メアリーを助けようとしなかった集落のみんなに対しても、思うところがあるのはわか――」
「まっ、ママは……」
まるで、何かに急かされるようにメアリーが可憐の言葉を遮る。
「ママは、メアリーと一緒に行くのが嫌なのですか!?」
「そうではない! そうではないけれど……異種族の、異文化の中で暮らしていくというのは想像以上に大変だと思うんだ」
「そんなことはないですよ! 人間界と行き来しているノームはたくさんいます! メアリーだって、できますよ!」
「一時的な滞在と、ずっと暮らすということは別だ。マナ補給のために高価な薬も手放せないと聞く。そんな生活を一生続けることになるんだぞ?」
「平気です! パパの魔力を使える目処も立ちました。薬だって、非常用のが少しだけあればいいはずです。見た目だってほとんど人族と同じです!」
必死で何かを訴えるように可憐を見つめるメアリー。
しかし、そんな眼差しから、
「それはそうかも知れないが……」と、可憐は困ったように目を背ける。
「移民省が本当に使い魔としての滞留を認めるかどうかも確実ではないし、寿命だって大きく違う。同族の中で暮らせるなら、それに越した事は――」
「りっ、リリッペだって――!」
メアリーが、パンをかじっているリリスを指差す。
「リリッペだって、悪魔族なのに、パパの使い魔としてちゃんと頑張ってるじゃないですか! ……そ、そうですよ、パパッ!」
首をくるりと回し、今度は俺の方へ向き直るメアリー。
「パパからもちゃんとママに言ってください! たまには、一家の
「た、たまには、って……」
改めて必死な形相のメアリーを見返すと、目には微かに光る物も見える。
ここまで来て地上行きに赤信号が灯るとは思っていなかったのだろう。
しかし、メアリーが本来のシャーマンだと分かった時点で状況は変わった。
別に、ノームのしきたりや慣習に配慮したわけじゃない。
メアリーにとって、何が一番幸せなのか?
私情は捨て、あくまでもそれだけを考えぬいた結果、俺の意見が落ち着いた先も、やはり可憐と同様だった。
「なあ、メアリー?」
「はい」
「もともとここへ来たのは、メアリーが落ち着く先を見つけるためだったよな?」
「それは、そうですね」
「でも、妾みたいな慣習があったり、バッカス一味のようにメアリーに害を加えようとする連中もいたりしたから、俺は心配でメアリーを連れて行くって言ったんだ」
「そうですか」
「でも、同じノーム族の中で安心して暮らせるのなら、それに越したことはないと思うんだ。シャーマンともなれば、一族みんなから大事にしてもらえるんだろ? 」
「そうかもしれませんね。知りませんけど」
「そりゃ、これまでの
「メアリーは思いません」
少しずつ俺が云わんとしてることを感じとっているのか、メアリーの眉間の縦筋が増えていく。
「パパは……パパは、メアリーのためを思ってここへ残れと言うのですか?」
「そうだ。どう考えたって、不慣れで不自由な人間社会で暮らすよりも、ここに留まった方がメアリーにとっても幸せだろ?」
「メアリーの幸せは、メアリーが決めますよ」
「まともな恋愛だってできなくなるんだぞ?」
「かまいません。パパとしますから」
「そ、それはあれだ。小さな女の子がパパのお嫁さんになる! って言うやつと一緒だ。メアリーが人生の三分の一も生きない間に、俺の方が先に死んじまうんだぞ?」
「死が二人を別つまで、とメアリーに誓わせたのはパパですよ? パパを看取ったら、またここに戻ります」
俺が八十歳で死ぬとして、その頃のメアリーの容姿は、まだ二十代後半か……。
そんな場面を想像して、慌てて首を振る。
――何を考えてるんだ俺は! そんなことできるわけがないだろ!
「分かってくれ、メアリー。俺は、メアリーのことを考えて――」
「パパがメアリーのことを考えるように、メアリーだってパパのことを考えます! メアリーがパパの役に立ちたいと思うのが、なぜいけないんですか!?」
「それは……」
顔を上げると、可憐と目が合った。
……が、寡黙な女剣士は、その
俺は大きく息を吸い込むと、再びメアリーへ視線を落とした。
――メアリー……ごめん。
「メアリーもさ……さっき広場で言ってたよな? 一緒に地上に行ったら、俺たちに迷惑を掛けるって」
「そ、それは、マナの管理が大変になるから、という意味で……」
「俺も一緒に来いとは言ったけど、それはここが安心できないから止むを得ず、って話だ。一緒に行けば、俺だって一生メアリーの体の心配をしなきゃならなくなるし、メアリーが思った通り、正直それもしんどいっていうのは事実なんだよ」
メアリーが再び顔を上げて俺を見上げる。
濡れた碧い双眸に、俺の顔を映しながら、
「でっ、でもっ、だって、パパも、メアリーにお世話をして欲しいって……メアリーがいいって言ってたじゃないですか!」
「そうでも言わなきゃメアリーだって気を使うだろ? メアリーのスキルは確かに魅力的だけど、毎日メアリーの体調を心配する負担だってそれ以上に大きい」
「ふ……負担って……」
「それに、俺はテイマーだし、メアリーじゃなくても似たような援護ができる魔物をテイムできれば替えは利くんだよ」
俺の言葉を聞きながらどんどん溢れてきた光の大粒が、ついに堰を切ったようにメアリーの頬を流れ落ちる。
しかし、それを
愁嘆場で不謹慎かもしれないが、幼い妖精の泣き顔が、とても尊く、美しいものに思えた。思わず涙を拭こうと伸ばした俺の手は――、
しかし、メアリーに思いっきり振り払われた。
「な、なんで……なんでそんなごど……言うんでずがっ!」
「ここに、後顧の憂いなくメアリーを置いていけるなら、俺にとってもそれが一番なんだ」
「パばは……パばは……うぞづぎでずっ! えっぐ……もう、メアリーを泣がぜないっで、えっぐ……言っだのに……いま、ごんなに、泣がぜでまずっ! えっぐ……大うぞづぎでずっ!」
そう言うと、メアリーは不意に立ち上がり、両手の甲で交互に涙を拭いながらよろよろと奥の出口へと歩いて行く。
扉の前で、取っ手に手を掛けながら少しの間
やがて、肩を震わせながら、
「づむり……がりん……えっぐ……ざようならでずっ……!」
搾り出すように呟くと、振り向きもせずテントを出ていく。
さらに、メアリーを追って従者の一人も外へ。
束の間、閉じられた扉の向うから嗚咽が聞こえてきたが、それも直ぐに遠ざかる。
――さようなら、メアリー……。
奥歯を嚙みながら、俺も心の中で別れを告げた。
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