12【藤崎華瑠亜】過剰反応

「振り子の動き、変わったね」


 紅来くくるの言葉にあたしとうらら、そして、ダウジング係の初美はつみも同時に頷く。

 四人が見つめる先では、ここまで直線的な動きしか見せていなかった振り子の小瓶がクルンクルンと楕円を描いていた。


――目標のエリアまで、あと一キロメートル弱ってところか……。


「だいぶ風が強いけど、そのせいじゃないよね?」


 あたしが念のため尋ねると、紅来がこちらへ顔を向け、


「うんうん。風で煽られたってこんな動きにはならないよ」


 風の影響を受けないよう、四人でしっかりと周囲を囲んでいる。

 すっかりお馴染みになった、本日五回目のダウジング風景だ。


 さらに、目の前を流れる川の中では、先ほどからハーフパンツ姿のバカ勇哉ゆうやが、大き目の石を動かして渡河のための飛び石を作っていた。

 川幅は五メートルくらいだろうか。


「方向的には、この川を渡らなきゃいけないみたいね」

「おいおい華瑠亜かるあ、今さらなに言ってんだよ?」


 あたしの言葉に勇哉が顔を上げた。


「川を見るなり『渡るから石を並べろ』っつったのおまえだろ?」

「人聞き悪いわね。そんな命令口調じゃなかったでしょ」

「いやいやいや! それどころか、最後に『バカ勇哉』まで付けてたじゃねぇか!」

「そうだっけ? なら、無意識だわ」

「無意識で他人ひとのことバカ呼ばわりすんじゃねぇよ!」

「っていうか、時間かかりすぎ! 何やってんのよチンタラと!」

「ただ並べてるだけじゃねぇんだよ! いろいろ考えながらやってんの!」


 あたしの横から、他の女子三人も川を覗き込む。


「適当な石を適当に置いてるだけじゃないの?」と、紅来。

「馬鹿言うな! 石は濡れても滑りにくい石英岩だけを厳選。さらに、おまえたちの平均身長である一五七.七五センチと歩幅係数の〇.四五の積である約七十センチ、つまり、おまえたちの歩幅に合わせて丁寧に石を並べて――」

「ちょ、ちょっと待ちなよ……平均身長? どこでそんな情報を?」

「クラスの女子の身長体重とスリーサイズは全部頭に入ってる」

「「「キモッ!!!」」」


 勇哉の答えに、初美以外の三人が同時に叫ぶ。


「なんだよ……そんなに褒められたら、照れるじゃねぇか……」

「今のリアクションで、どうして褒められてると思えんのよ! バッカじゃないの、バカ勇哉!」


 あたしが思わず大声でののしったその時、


「ただいまぁ」


 周囲を探索していた森くんが戻ってきた。


「もう少し先に、川を跨いでいる倒木があったから、そこから向こうへ渡れそうだ」

「ラッキー♪ じゃあみんな、行きましょ!」


 紅来の号令を合図に、森くんが先頭に立ち、みんなで川上に向かって歩き出す。


「お、おいっ! 石、どうすんの!?」


 慌てて岸に上がり、タオルで足を拭き始めたバカ勇哉に、あたしも「さよなら」と冷たく言い置いて先を急ぐ。


 倒木地点には、五分も歩かないうちに辿り着いた。

 倒れてだいぶ経つらしく全体的に苔むしているけど、幹はしっかりしていて腐食している様子もない。

 一本橋としては十分な太さで、難なく全員が渡り終える。


「さて、と。また少し北上して、いよいよ目的地ね。あと一キロくらいかな?」


 あたしが尋ねると、紅来がマップのスケールバーで距離を測りながら、


「もう、そんなにないかな。七、八百メートルも進めばエリアの南端。さらに中心まで進んでも、プラス百メートルってとこじゃないかな」

「ふむふむ」


――初めて歩く森の中だけど、それでも三十分も見ておけば十分かな。


「はぁぁぁ……」


 あたしの溜め息を聞いて、前を歩いていた紅来が振り返る。


「なぁに?  緊張してきた?」

「緊張って言うか……ほんとにあのダウジング、信じていいのかな? って……」

「まあねえ……。華瑠亜、ビンを割っちゃったしねぇ……」

「あれは、紅来がおっぱ――」


 と言いかけて、慌てて口を噤む。

 先頭の森くんがチラリとこちらを流し見るのが見えたからだ。


 そう言えばバカ勇哉が『歩牟は巨乳好き』ってはやしてたっけ?

 森くんは、あのオープンバカみたいに、あけすけに突っ込んでくるわけじゃないけど……それはそれで、ムッツリえっちって言うんだっけ?


――ほんと男子って、スケベで単細胞でバカばっか!


 軽く咳払いをして、あたしは話を続ける。


「ま、まあ、それもあるけど、たとえビンが壊れてなかったとしても、実際に姿を見ながら追ってきたわけじゃないでしょ、つむぎの?」

可憐かれんもね」と、紅来に付け加えられて、なぜか顔が火照るのが分かった。

「そ、そうよ! 可憐も、リリスちゃんも、紬も、みんなよ! でも、紬の爪を使って追ってるから、代表して『紬の』って言ったの! 悪い?」

「い、いや、別に悪くはないけど……そんなに過剰反応されても……」

「かっ、過剰なんかじゃないわよ! ごく普通よフツー!」


 ったく、紅来のやつ! いちいちくだらない茶々を入れてきて!

 あれじゃあまるで、あたしが紬のことだけ心配してるみたいじゃない!

 そんなことあるわけないのに、バッカじゃないの!?


「と、とにかく!」


 コホン、と再び咳払いを入れて、あたしは続ける。


「姿も見えないまま地底のあいつらを追跡してきた、ってのがさ……何て言うかこう……UMAを追っかけてるみたいで現実感に乏しいというか……」

「いる……よ」

「「――!?」」


 背後からの聞き慣れない声に、あたしと紅来が振り返る。


「紬くんは……いるよ」


――初美!?


 ぶっちゃけ精霊・・・・・・・のクロエを出していないのは、カミングアウト事故を防ぐため?

 もう、いろいろ手遅れな気もするけど……。 


「えっと、可憐もね?」と、紅来にされたのと同じ茶々を入れてみると、

「紬くんは、いる」


 予想外にかたくなな返答が返って来て、あたしの方が一瞬固まってしまった。


――この子、見かけによらず……頑固!


 初美の隣を歩いていた麗が、


「は、初美はほら、ずっと爪入りペンデュラムで紬くんを追ってたわけだし、何か特別に感じるものがあるんじゃない?」


 と、あたしの神経を逆撫でするようなフォローを入れてくる。


「あ、あたしだって、それはあるわよ! 感じるから! 紬の気配的なやつ!」

「あれ?」と、紅来が小首を傾げながら、

「華瑠亜、気配は感じるの? さっきと言ってることが違うくない?」

「さ、さっきのは、何て言うか、たっ、例え話みたいなものだから!」

「例え話、って……そんな内容だったっけ?」

「も……もういい! 無駄話してないで、さっさと行くわよ!」


 少し距離が開いてしまった森くんの後を追ってあたしが小走りになると、他の三人も追いかけてくる。


 その時――。


 おぉ~い、みんなぁ~、どっちだぁ~? と、どこからともなく聞こえてくる、幻聴のような声。


――う~ん? 何か忘れてるような気がするけど……何だっけ?

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