13.紬くんってそういうとこあるよね

――さようなら、メアリー……。


 これからはメアリーも、同じノームたちの中で、シャーマンとして大切にされながら生きていくだろう。

 身寄りのないメアリーにとって、これ以上望むべくもない条件。

 これこそ、メアリーを連れてここを目指すと決めた時に望んでいた結末そのものじゃないか!


 それなのに――。


 なぜか鼻の奥が、ツンと痛くなる。


「いくらなんでも、もうちょっと他に言いようがあったんじゃない?」


 さすがのKYリリスも、冴えない表情で俺を見上げている。

 と言っても、パンを頬張りながらなのであまり真剣味は感じられないが……。


「あれでいいんだよ。はっきり突き放さないと納得してくれなそうだったし」

「はっきりって言うか、ほとんど嘘じゃん? 逆にトラウマになるんじゃない?」

「――え?」


――そこまで? 俺、そんなに酷い感じだった?


 リリス同様、可憐かれんも表情を曇らせている。


「メアリーのこともそうだが、あれでは紬だって辛いだろう?」

「今は、メアリーにとって最もベストな選択を考えなきゃ……。俺のことはどうだっていいよ」

「どうだっていいなんて言うな。私にとっては、おまえだって大切な仲間だ」


 そこまで言うと、右手をそっと俺の肩に乗せる可憐。

 左肩に暖かな重みが加わると、心が暖められるような温もりに全身が包み込まれていく。


 その時はじめて、こらえていたと思っていた涙が、知らないうちに頬を湿しめらせていたことに気が付いた。


――俺、慰められてるのか……。


 目立たないように人差し指で軽く涙を拭き取る俺を、しかし、見ているのかいないのか、再びリリスが口を開く。


「『メアリーの代わりはテイムすればいい』なんて……猫一匹まともに育てらんない紬くんがよく言えたものですわぁ」


 相変わらずの憎まれ口だが、リリスはリリスなりにメアリーのことを心配しているのだろう。


「うるさいなあ。……おまえこそ、散々喧嘩してたくせに、実は一緒に行きたかったんじゃねぇの?」

「そりゃまあ、チームリリス・・・・・・にとっては初めて言葉の通じる新人だしね? 一緒に行くなら行くで、パシらせてあげようと思ってたよ」

「むしろ、おまえの方がパシられそうな勢いに見えたけど……」

「紬くんの方こそ、泣くくらいツラタンなら、分別臭いこと言ってないで連れてきゃいいのに」


――やっぱり、見てやがったか。


「そりゃあ、シャーマンの件がなければ、一緒に地上へ行く覚悟はできていたさ。メアリーの安全のためにも……」

「メアリーのためねぇ。だったら、これで丸く収まったんだし、悲しむことないじゃん」

「それとこれとは話が別だろ。短い間だったけど家族みたいに過ごして情が移ったこともあるし、生意気なところもあったけど、か、可愛いところだって……」

「ろぉ~りこぉ~ん」と、薄目で呟くリリス。

「ちげぇ――よ! そういうアレじゃねぇよ!」

「紬くんってそういうとこあるよねぇ~」

「ないわっ!」


 小児性愛の気など、もちろんない! ……はずだ。


 しかし、パパ、パパと慕ってくれたメアリーの笑顔――いや、笑顔だけじゃない。

 拗ねたり怒ったり、泣いたり含羞はにかんだり……。

 くるくると目まぐるしく変わるメアリーの表情が思い出され、そしてもう二度と、それが自分に向けられることはないと思うと、なぜか胸がギュッと締め付けられる。


――よく分からないけど、これが父性愛なんて言われてる感情なんだろうか?


 会話が途切れたところで、再びガウェインがこうべを垂れる。


「憎まれ役を買っていただき、誠にかたじけない」

「そんなことはどうでもいい。それより、メアリーの身の安全と自由、本当に保障してもらえるんだろうな?」

「それは確約しよう。我々にとっても、セレピティコは大切なシャーマンだからの」


 確信に満ちたガウェインの返事。

 それを聞いて、可憐も口を開く。


「友人との面会は自由と言われていましたが、シャーマンともあろう立場の者が気軽に一般のノームと会っていいものなのですか?」

「ここでは基本的に〝交神の儀〟ができる以外は、シャーマンも普通のノームと変わらぬ。バッカスどもがやっていたことが、むしろ異常だったのだ」


 先代シャーマンも、以前は皆の前に姿を現していたらしいが、ジュールバテロウを守護家に任じた頃から全く表へ出なくなったそうだ。

 今から振り返れば、バッカスが中心となって先代の死を隠匿し、弟を偽者に仕立てて自分たちを守護家に就任させたのだろう、というのは想像に難くない。


 働くことなく生活が保障され、託宣の内容を自由に操れるのだから生贄になるリスクもない。

 危険な宝具をチラつかせてまつりごとも意のままにできる。

 何か問題があれば適当な神託で皆が治まり、生贄も選び放題だ。

 それを避けるために、長い間、守護家とシャーマンは切り離されてきたのだ。


 もしあのままバッカスの自由にさせていれば、悪人支配カキストクラシーはさらに数十年、或いはそれ以上続いていただろう。

 そう言った異変を逸早いちはやく察知するためにも、普段からシャーマンの露出を多くしておくことは有効に思える。


「メアリーのこともどうやら一件落着だし、これ以上の長居は無用だな」


 俺は、努めて明るく、可憐とリリスに話しかける。

 リリスが、両手に持っていたパンとチーズの欠片を慌てて口に放り込み、


「ほうえ! ほごほごふんいいまあおうか!」

「せめて、口に入れる前に話せよ!」


 ガウェインが、赤い水晶を持った従者を手招きで呼び寄せながら、


「地上へはこの裏の岩壁の裂け目から出ることができるのじゃが、何箇所か枝分かれしてる場所があるからの。途中まで案内あないの者を遣わそう」


 そう言って、近づいてきた従者に耳打ちで指示を出す。

 どうやら、案内役を選定しているらしい。


 それが終わると――。


「では、こちらも準備をいたすゆえ、お主たちも、昨夜休んだテントに戻って出立の支度を整えられるがよい」



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