14.またいつか……

 五賢者との接見を終えて寝所に戻る。

 支度を整えて岩壁の亀裂の前に集合したのは、それからおよそ三十分後のことだった。


 俺の手にはメアリーから借りたローブが。そして、可憐かれんの手にもメアリーの母親の形見であるクレイモアが握られている。

 二人で、見送りに立つガウェインの前に進み出ると、それらを差し出して、


「これらは、メアリーから預かったものです。お手数ですが、ガウェイン殿から彼女へ返却してもらえませんか?」と、可憐。


 しかし、ガウェインは首を横に振る。


「それは、現シャーマンが直にそなたたちにお渡しした物。それを第三者が取り次いで返却するなど許されぬ話だ。返すのであれば、そなたたち自身の手で返されよ」

「そう言われましても……」


 なぜか……いや、やはりと言うべきか?

 この場にも、メアリーは姿を見せていない。


――いろいろあったけど、最後くらいは笑顔で別れを告げたかったな……。


 俺が自ら招いた結果とは言え、あの泣き顔が見納めになってしまったと思うと、やはり胸が痛む。


「今、メアリーはどちらに?」


 可憐の質問に、赤い水晶を持った従者が答える。


「今は降臨香を焚いて〝交神の儀〟に入られました。恐らく、新しい守護家について御神託を賜るまでは退室なされないかと……」

「それは、どれくらいの時間がかかるんですか?」

「その時々によります。すぐに賜ることもあれば、一週間籠もりっ放しの場合も」


 さすがにそこまで不確定な期間を待つわけにもいかない。


「まあいいじゃん? また今度、返しに来たら?」

「リリスはまた、そんなお気楽なことを……」と呆れつつ、しかし、確かにそれ以外の方法も思いつかない。

「では、これらは当面私たちがお預かりしておくと、メアリーにお伝え下さい」


 そう言って可憐がクレイモアを再び背に担ぐ。

 俺も、一旦畳んだローブをまた広げて、シャツの上から羽織った。


 元の世界で言えば、この辺りは茨城県の北部辺りだろう。二度と来られない場所ってわけでもない。実際、人間社会と行き来しているノームだっているのだ。

 しばらく経って、メアリーがここの生活に慣れたころにまた、様子を見にくるのも悪くないかも知れない。


「では、私たちはこれで」


 可憐の言葉に合わせて俺も軽く頭を下げると、今度はガウェインが案内役のノームに声を掛ける。


「頼んだぞ。ウーナ、ラルカ」


 その言葉に頷く、二人の案内役。

 どちらもまだ年端も行かない子供のノームだが、長老衆エリアで給仕や掃除洗濯などの仕事を担っているらしい。

 現代風に言えば、家事手伝いのアルバイトのようなものだろう。


 そのうちの一人が「ウーナです。宜しくお願いします」と会釈をすると、フェイスベールで鼻と口元を隠し、ローブのフードを被る。

 それを見てもう一人のノーム、ラルカも同じように顔を覆う。

 昇降穴はコウモリの巣とも直結しているため、かなり悪臭の漂う区間があるらしいのだ。


 ランタンを持ち、先に裂け目へと足を踏み入れるウーナ。

 すぐに俺と可憐も続く。

 ラルカは、もう一台のランタンを持って最後尾から。


 裂け目に入る直前、ふと、メアリーの視線を感じたような気がした。

 もしかしたら……と思って振り返ってみたが、やはりメアリーの姿は見当たらない。もう一度彼女に会いたいという願望が、そんな錯覚を抱かせたのだろう。


 俺の胸の中で、はっきりと〝落胆〟の感情が広がる。


 思い出されるのは、最後に聞いたメアリーの、嗚咽のような『さようなら』。

 小刻みに震えるメアリーの小さな背中が、脳裏に蘇っては消え、消えては蘇り、ずっと俺の胸を締め付け続けている。

 この期に及んでようやく、自分が思っていた以上に、メアリーのことを引き摺っているのだと自覚する。


――またいつか……笑顔で再会できるよな、メアリー?


 再び蘇ってきたメアリーの姿を振り払うように、俺は前を向いて歩き始めた。

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