10【藤崎華瑠亜】誰よ、その子!?

「こちらクロエにゃん! その魔法円に飛び込むにゃん!」


――だ、大丈夫なの、あの語尾にゃん精霊!?


 祈るように眺めるあたし……ううん、みんなの視線の先で、ゲートに向かって懸命に呼びかけるクロエ。

 あの必死な姿はきっと、初美はつみの気持ちを反映させてのことだろう。


 紬や可憐の無事を祈る気持ちはあたしだって同じ。

 そんな気持ちを独り占めされたみたいでちょっと苛立っていたけど、もうそんなモヤモヤも吹っ飛んだ。

 役に立つかは分からない……ううん、多分役になんて立たないんだろうけど、それでも今は、二人の無事を初美とクロエに託さずにはいられない。


「四十九……五十……五十一……」


 隣で、紅来くくるつぶやくように秒を刻んでいる。


――そろそろ一分……。


 真上から照りつける真夏の太陽。

 でも、初美の額に浮ぶ汗は夏の暑さのせいだけじゃなさそうだ。


 両手を二つの魔法円に向かって掲げながら徐々に苦しそうな表情に変わっていく初美の様子に、あたしもいつの間にか、掌に爪の跡がつくくらいギュッと両拳を握り締めていた。


――ダメ……時間がない!


 初美の魔臓活量なら最大で八十秒ほどゲートを維持できる計算だ。

 でも、魔石のせいで幾許いくばくかの魔力は削られているだろうし、安全マージンを残すならもっと早めにゲートを解除しなきゃならない。

 魔力がからになれば昏倒……最悪、死に至る場合もあるのだから。


 一分が経過したところで、諦めたように「ハァ……」と、小さくため息をついて歩き出す紅来。でも、思わずあたしはそんな紅来の肩を掴んでいた。


「――? 華瑠亜?」

「ま、待って……もうちょっとだけ……」

「ダメだよ。これ以上は初美っちが危険になる」

「で、でも……」

「大丈夫! もうかなり近づいているのは間違いないんだし、これがダメでもなんとかなるって!」

「う、うん……」


 再び、紅来が初美の方へ近づこうとしたその時――。


「一人、誰か来るにゃんっ!」と、クロエ。

「一人!? どっち? 紬? 可憐?」


 弾かれたように問い返したあたしの言葉に、でも、クロエは首を左右に振りながら、


「まだ分からないにゃん」


 次の瞬間――。

 左の魔法円から飛び出してきた人影が、召集魔法円コーリングサークルの上に落下してドシンと尻餅をついた。


「いたたたた……」と、しかめ面でお尻を擦っているのは、薄茶色のローブを羽織った金髪の少女……いや、幼女だった。


――あ、あれは!


「……だっ、誰?」


 あたしがつぶやくのと同時に、再びクロエが、


「もう一人、来るにゃん!」


 直後、今度は右の魔法円から勢い良く飛び出してきた小さな影が、金髪幼女のおでこにぶつかり、ゴチンと鈍い音を立てて落下する。


「いったぁ~い!」

「り、リリスちゃん!?」


 幼女の膝の上でおでこを押さえながら仰向けに転がっているのは、間違いなく紬の使い魔、リリスちゃんだ!


「痛いのはこっちですよクソッペ! メアリーの治癒は自分の身体には使えないんですよ!? ちゃんと前を見て飛んでくださいよ!」

「見てたわよ! 見てたけど、出るまで何も見えなかったんだから仕方ないじゃない! そっちこそ、こんなところでいつまでもボ~ッと――」

「リリスちゃん? ……だよね?」

「……ん? 華瑠亜ちゃん?」


 ようやく私の声に気づいたリリスちゃんが、体を起こして辺りを見回しながら、


「それに、みんなも!? どうして!?」


 キョトンフェイスで尋ねる。


「それは、こっちのセリフよ! なんでリリスちゃんだけ? 紬と可憐は?」


 あたしの問いに、ハッとしたようにリリスちゃんがゲートのあった辺りを見上げる。……けれど、当然そこにはもう、ゲートはない。


「あれ? 私たちが通ってきた魔法円は?」

「あれはあたしたちが作ったのよ。紬と可憐に通ってもらうために……」

「洞窟を歩いてたら、突然目の前に魔法円が現れて……正体を突き止めるためにこいつと二人で飛び込んで……」


 と言いながら、幼女を指差すリリスちゃん。


「誰よ、その子!?」

「こいつは私の後輩で、メア――」

「さっきの魔法円は、あなたたちが作ったのですか?」


 リリスちゃんの説明に被せるように、幼女が喋り始める。


「え、ええ、そうだけど……あなたは?」

「娘ですよ。パパとママの」

「…………」


――はぁ?


「そ、そりゃまあ、世の中の女の子はみんな、パパとママの娘だけど……」

「そう言う意味じゃないです。なんですか、この鈍そうな女は?」


 と、あたしを指差しながらリリスちゃんに尋ねる幼女。


――カッチ~ン! なにこのクソガキ!? 

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