09.今そこにある危険

 可憐かれんが指差した方向へ目を向けると、そこには青い光の輪のようなものが二つ、滞空していた。

 最初はぼんやりとにじんだように光っていた光の輪が、やがてカメラのピントが合うようにはっきりとした輪郭を持ち始め、二重円に囲まれた六芒星ヘキサグラムに変わる。


――あれは……魔法円!?


 内円の円周にはラテン語のような文字が連なっているのが見える。

 と言ってもラテン語が分かるわけではない。ああいうファンタジックシンボルにアルファが使われていたら、大体ラテン語だろうという先入観なのだが。


「ちょっと待て。何か聞こえる……」


 と人差し指を立てて唇に当てる可憐。

 続いて俺も、


「ね……猫?」


 と聞き返す。

 魔法円の方から確かに、ニャ~ン、ニャ~ン、ニャ~ンと、猫のような鳴き声が聞こえてくるのだ。

 クレイモアを抜く可憐を見て、俺も慌てて六尺棍を召喚した。

 よく分からないが、もしかするとあそこから猫の化物……例えばキラーパンサーのような魔物が出て来るトラップかもしれない。


 誰が何の目的でそんなことを?

 まったく心当たりはない。

 ……が、考えるより先に、まずは今そこにある危険に対処することが先決だ。


 束の間、何も聞こえなくなったが、再びニャ~ン、ニャ~ン、ニャ~ンと、先程の泣き声が聞こえてくる。

 普通の猫の鳴き声とは違う、何か語りかけてくるような響き。

 正直、声を聞く限りでは大した相手だとも思えないが、正体が解らない以上、油断は禁物だ。


「そうだ!」


 と、メアリーが何かを思いついたようにリリスへ話しかける。


「リリッペ、ジャンケン勝負は無しにしてあげてもいいですよ」

「ほ、ほんと?」


 少し落ち着いてきたリリスがメアリーの言葉に身を乗り出して食いつく。

 雀どころか、ミジンコの涙ほどのプライドすら持ち合わせていないらしい。


「もともと、まったく勝負になってませんし、あれではメアリーが一方的にを苛めてるみたいで後味が悪いです」

「そ、そうね……そうかもね!」


 ちょ……チョロ過ぎる……。

 さりげなくというポジションを確保して優位置マウントを取りにいってるメアリーだが、そこには考えが及ばないリリス……いや、チョリス・・・・


「それよりもここは使い魔らしく、仕事の有能さで競うのがいいと思うのです」

「と言うと?」

「あの魔法円の正体を突き止めた方が勝ちにしましょう!」


 そう言うと、突然メアリーが魔法円に向かって走り出す。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 抜け駆けなんてズルいよ!」


 慌てて、メアリーの後を追いかけて飛び立つチョリス。


「っつぅかおまえら! 二人とも待て! ストォ――ップ!」

「大丈夫です。メアリーも結界師のはしくれです。危険な感じはしません!」


 そう言いながら、俺の制止も聞かずに魔法円に突っ込むメアリー。直後、彼女と一緒に魔法円の一つが消滅した。


「――!?」


 メアリーに続き、チョリスも残ったもう一つの魔法円に突っ込んでいく。


 おいおい!

 魔法円に呑み込まれたメアリーを見てなかったのか!?

 ここは普通〝待てステイ〟だろ!


「待てっ! チョリ……じゃない、リリス!」


 しかし、メアリーへの対抗心で頭が一杯になっているリリスには、様子見などという選択肢は残っていないようだ。


「久しぶりに、やばいギャンブルだわ!」

「そう思うならちょっと待てバカ!」

「けれど私は、決してダウンしない女!」


 そう言って、残ったもう一つの魔法円に飛び込むリリス。


 そう言えばあいつ、ポーカーの時もそんなこと言ってたな。

 フレーズとしては強そうなんだが、実際はただの〝単純バカ〟ってだけだ。


 リリスを飲み込むと同時に二つめの魔法円も消え去る。

 訪れる沈黙――。


「ええええ……」


――どうするんだよあいつら!? いなくなっちまったぞ!?


「と、とにかく、ここまで来たんだ。まずは一旦、外に出よう、つむぎ

「あ、ああ……」


 放心状態の俺は、半ば条件反射で可憐の提案にうなずいた。なんとか気を取り直して、今の状況を分析する。


 あいつらを探すにしても、今は体力も装備も消耗し過ぎている。

 可憐が言うように、まずは地底から脱出するのが先決だろう。


 しかし――。


 正直、使い魔とはぐれるなんていう展開は、可能性として考えたことはあっても真剣に想定したことはなかった。

 実際、その状況に陥ってみて改めて思う。


――どうすんだよこれ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る