08.絶対に言ってはいけないセリフ

「じゃーんけーん……」


 ポン! と言う掛け声と同時に出されたリリスの右手はチョキ。対するメアリーはグー。これで、メアリーの十連勝だ。

 可憐の肩に座ったリリスの鼻孔がヒクヒクと震え、目にも光る物が見える。


「だから言ったじゃないですか。メアリーは雀拳達人ジャンケンマスターだって」


 恐るべし、雀拳達人ジャンケンマスター

〝あいこ〟すらない、まさに完全勝利だ。




 今から約五分前、最初に負けたのはリリスだった。


「こ、こう言うのは、先に三勝した方が勝ちなのよっ!」


 とリリスが言い出した時には、俺も『お約束の流れだな……』と思いつつ生温かく見守っていただけだったが、しかし――。


「いいですよ、何勝でも、好きに設定して下さい」


 と涼しい顔で答えるメアリー。そしてその後も、その自信を裏付けるようにメアリーがあっさり三連勝。

 今度は、メアリーからリリスへ、


「なんでしたら、メアリーが十勝するまでの間に、リリッペが一回でも勝てたらそちらの勝ちってことでいいですよ? ハンデです」と提案。

「え? い、いいの? じゃ、じゃあ、それで!」


 雀の涙ほどのプライドもないリリスが、その申し出に飛びつく。


――いくら何でもそりゃ舐め過ぎだろ、雀拳達人ジャンケンマスター


 と思って眺めていたのだが……。

 本当に雀拳達人ジャンケンマスターがそのまま十連勝してしまった。


――何気にこの能力、すごくね?


「それってどういう仕組みなんだ? ジャンケンにしか使えないの?」

「どう言うわけか相手の出す手が分かるのですよ。ジャンケンにしか使えないのかは分かりませんが……ジャンケン以外で使えた経験は、これまで一度もありません」


 予知能力みたいなものだろうか?

 ジャンケン限定というのはかなり汎用性に乏しい気もするが……しかし、ここまで完璧ならどこかで使いどころはありそうだ。


「そんなの、ズルぢゃんっ! じゃんけんますたぁなんで、ズルぢゃん……」

「ズルじゃありません。異能の力です」

「なにが異能だよっ! このオカルト娘!」


――それ、悪魔が絶対に言ってはいけないセリフじゃね?


 気が付けば、可憐の肩の上で半ベソになっているリリス。


 こいつが、ここまではっきりとした泣き顔を見せるのは初めて見たな。

 よほど悔しかったのか?

 しかし、勝負は勝負だ。


「そうは言ってもな、リリス。メアリーはちゃんと、最初に雀拳達人ジャンケンマスターだってことは言ってたわけだし……」

「そんなの普通、信じるわけないぢゃん! 紬くんはっ、信じたって言うの!?」

「いや、俺も最初は半信半疑だったけど……」

「ほらみなさいっ! 相手が信じないような警告で注意を促したって、意味ないんだよ! まんまとジャンケン勝負に誘導されたんだよ! これは立派な詐欺だよ!」

「いや、むしろ、おまえが最初に食い付いていたような……」

「紬くんはどっちの味方なのよ!?」

「だから、最初から中立だって言ってるじゃん」

「中立なら中立らしく、ちゃんと同等に扱ってよ! 私はっ、私はっ、こんな体だがら、紬くんとキスなんてできないしっ……グスッ」


 鼻をすすりながら、リリスがうだうだと管を巻き始める。


――キス? なんでここで、キスの話なんて出てくるんだ?


「ごのまんまじゃ紬ぐん……メアリーのごどばっがり可愛がるようになっで……ぞれで、ぞれで……わだじのごどなんで、どんどん、かまっでぐれなぐなっで……」


 もしかして、育児とかでよく聞くアレか?

 二人目が生まれると、上の子がやきもちをやく、みたいな?

 でも、今までだって、大してかまってなんてやってなかったけどなぁ……。


「づむぎぐんがメアリーにどられぢゃう……うえぇぇ――ん!」

「うえーんっておい……」


――めんどくさっ!


 ついに、両手で涙を拭いながらマジ泣きモードに突入するリリス。

 いろいろ複雑な感情が渦巻いていたところに、完膚なきまでに雀拳達人ジャンケンマスターに叩きのめされたことがトドメとなって感情的になっているようだ。


 チラチラと、自分の左肩に座るリリスを気にしていた可憐だったが、いよいよ俺の方を振り向いてアイコンタクトを取ってくる。あれは……、


〝なんとかしろ、紬!〟


 ……って目だな。

 そんなこと言われてもなぁ……。


「なあリリス? どっちが上とか下とか、俺はマジでそういうのないから。最初にも言ったけど、序列も同列でいいじゃん? 二人とも大切なパートナーだし」

「ぢゃあ……序列とか関係なく、どっちが好きなのよ、私とメアリー……」

「無茶振りすんな!」


 せっかく助け舟を出してるのに、なんでわざわざそんな難問で切り返すかなぁ?


「だから、どっちも大切だって言ってるだろ! どっちも好きだし、どっちが大切かなんて決められないってば!」


 その時、不意に可憐が立ち止まる。


「なんだ……あれ……」


 可憐が指差した方向へ目を向けると……。

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