07【横山紅来】呼びかけるにゃん(後編)

「クロエが呼びかけるにゃん!」


 初美はつみの肩の上で真っ直ぐに手を挙げた語尾ニャン精霊に、皆の視線が一斉に集まる。


 これは、初美の気持ちなのかな? それとも、あの精霊が勝手に? 

 あの子たちの仕組みはよく分からないけど、クロエはヤル気満々みたいだね。


「そ、そう? ならいっそ、詠唱もそのニャンニャン精霊にやってもらったらぁ?」


――刺々してるなぁ華瑠亜かるあ。でも、それは無理だよ。なぜなら……、


「魔具といっても直接詠唱者の魔力を使うから、使い魔じゃ――」

「呼びかけだけなら大丈夫なの?」

「うん。本人識別は魔力色相で判断するから、声だけならクロエでも届くと思う」


 私の言葉に「ふ~ん」と目を細めながら、初美とクロエを眺める華瑠亜。


「なんか……あれよね。大活躍よね、初美ばっかり」

「なに拗ねてんのよ」

「そんなんじゃないわよ! い、いいんじゃない? それが一番成功率が高いって言うなら!」


 ほんと顔に出やすいなぁ、華瑠亜は。あの表情、全然いいと思ってなさそう……。

 あ! 勇哉ゆうやが戻ってきた! 石、あんなにいっぱい!?


「お? 魔法円、矢で押さえたのかよ? 石なんて必要なかったんじゃ――」

「うっさい、黙れ! 気が散る!」

「な、なんだよ華瑠亜!? おまえが集めろって――」

「だからうっさいってば! その石、元の場所に戻しといて」

「元に? 戻すの!? ってか、いちいち場所なんて覚えてねぇよ!」

「はいはぁ~い、静かに静かにぃ~! もう始めるよぉ~!」


 私がパンパンと柏手を打つと、ようやく二人も口喧嘩をやめる。

 うららが魔具の入っていた箱の蓋を初美に渡すと、束の間、初美は蓋裏の呪文をを凝視ぎょうしして――。

 やがて、小さく頷いて魔法円の前に立つと、コホンと小さく咳払い。


(初美っち、大丈夫なの?)


 私は、声を潜めて麗に訊いてみる。


(イヤとは言ってないし、大丈夫じゃない?)

(言いたくても言えないだけじゃ?)

(う~ん、それはないかな。ほら、目がヤル気に満ちてる!)

(そ、そう? 踊ってるように見えるけど!?)

(大丈夫大丈夫。初美だってつむぎくんを助けたいはずだし、自分が詠唱するのが一番成功率が高いと分かっているからこそ引き受けたんだよ)

(それならいいけど……)


 何度かの咳払いのあと、いよいよ、初美が蓋裏を見ながら詠唱を開始。


「エルテ カルエテ エリエルターマイン サルティエル エルティエーレ……」


――うわ! 綺麗な声!


 授業中の音読でも、消え入りそうな声しか記憶になかったけれど、その玲瓏れいろう詠唱アリアに思わず息を飲む。

 可憐と紬の救出が懸かっているせいもあるだろうけど、一週間近く共に過ごしてきたメンバーしかいないというのも、彼女にとっては大きいのかもしれない。


 後ろで勇哉が、


「すげぇ可愛い声……。俺、惚れちゃうかも……」


 ボソっと呟くと、隣の森くんも、


「紬も、黒崎くろさきは声がイイって言ってたけど……納得だわ」


 その言葉にすかさず反応したのが、華瑠亜だ。


「あ、あいつ、そんな事言ってたの!? いつ!?」

「え? いや、別荘に泊まった時……寝る前の雑談だよ」

「ほ、他に、何か言ってた?」

「他?」

「初美以外のことよ。他にも女子はいっぱいいるでしょ」

「そ、そりゃまあ、いるにはいるけど……全員分話すわけでもないし……どうだっけ?」


 と、森くんが勇哉に水を向ける。


「どうって言われても……そんなの、いちいち覚えてねぇよ……」

「ちょっとくらい覚えてるでしょ!」

「確か、可憐は頼り甲斐があるところがいいとか……」

「それから?」

「う~ん……立夏の髪の色も、綺麗だって褒めてたな……」

「そ、それから?」

「優奈先生は胸が大きいとか……あ、それは俺か」

「他っ!」

「んん――……、そんなもんじゃね? って、いってぇっ!」


 どうやら、華瑠亜が勇哉の向こうずねを蹴りつけたようだ。


「ちゃんと思い出しなさいよっ!」

「思い出してるよ! でも、五日も前の寝物語だぞ? つか、蹴るなよ足をよぉ!」

「た、例えば、あたしの事は、なんか言ってなかった?」

「華瑠亜のこと? 言ってなかったなぁ……」

「ひ、一言も?」

「大丈夫、悪口とかそういうのはなかったから……って、いてぇっつぅの!」


 再び華瑠亜に向こう脛を蹴られたらしい。


「なんで蹴られんだよ!? 聞こえなかったのか? 悪口は言ってないって――」

「そんなこと訊いてんじゃないわよ、使つっかえないわねぇ……。可愛いとか気が利くとか、そういうポジティブな意見を思い出せっつってんの!」

「無茶言うなよ! なかったことは思い出せねぇよ!」

「シィ――ッ! 静かに!」


 私が振り返って睨みつけると、二人が肩をすくめて口をつぐむ。


――ったくこいつらは……置いてくりゃよかったかなぁ!?


 詠唱も終盤にさしかかり、召集魔法円コーリングサークルの上……麻紙を左右から挟み込むように、二つの青いゲートが宙に現れる。


「エルマンテーレ カウラス テル ラゼーラ ティシモ エルテ……」


 徐々にゆったりとした抑揚に変わり、やがて、初美が口を引き結ぶ。


――詠唱完了!?


 直後、現れたゲートの光が一瞬だけ増したかと思うと、滲んでいた輪郭が焦点を合わせるようにくっきりと浮かび上がった。

 すかさず初美の肩の上から、


「こちらクロエにゃん! 紬くん! 可憐ちゃん! 聞こえるにゃん?」


 呼びかけを開始するクロエ。

 言葉が発せられる度に、召集魔法円コーリングサークルに置いた二つの茶色い小瓶が、ふわっ、ふわっと白く明滅する


「紬くん! 可憐ちゃん! 聞こえるにゃん? そのゲートに飛び込むにゃ~ん!」


 しかし、誰も現れることなく滞空を続ける転送ゲート。

 クロエが振り向いて私の方を見る。


「ダメにゃん。上手く言葉が届かないにゃん。たぶんあの小瓶に、言葉を届けるための何らかの魔法効果マジックエフェクトが付加されてたにゃん」

「じゃあ……あのヒビのせいで、上手く作動してなってこと?」

「そうにゃん。まったく届いてにゃいわけじゃにゃいけど……断片的にしか伝わっていないにゃん……」

「とにかく、時間いっぱい、呼びかけてみて!」


 クロエは頷くと、再びゲートに向かって語りかける。


「こちらクロエにゃ~ん! さっさとこのゲートに入るにゃ~ん!」

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