06【横山紅来】呼びかけるにゃん(前編)

「この辺で、いいんじゃない?」


 華瑠亜かるあが周囲を見回しながら、足元を指差す。

 樹木が少なく少し開けた感じの草むら。その分、風当たりも少し強い。


 直前のダウジングで、ペンデュラムはほぼ真円の綺麗な回転を見せていた。念のため可憐の毛髪で試してみても、動きは小さかったものの同じ形を示した。


――円の大きさの差は、初美っちの〝想い〟の差かな?


 ペンデュラムと初美はつみの言葉を信じるなら、紬と可憐はこの付近の地底で一緒に行動している可能性が濃厚だ。


「いいね。ここなら目標エリアのほぼ中央だ」


 私がクロノメーターを見ながらマップに印を入れるのを見て、華瑠亜も色褪あせた紙箱からゆっくりと折り畳まれた麻紙を取り出し、やぶれないように拡げる。


 召集魔法円コーリングサークルだ。


 劣化しているのかパリパリと嫌な音を立てていたが、なんとか拡げ終わると、一辺が二メートル弱の正方形になった。

 たたみを二枚並べた程度の大きさだ。


 紙の中央には黒いインクで六芒星ヘキサグラムを二重の真円で囲んだようなデザインの魔法円が描かれている。

 さらに、ヘキサグラムの中や内円の円周に沿って、アルファベットで何やらいろいろと書かれている。たぶん、古代言語リングア・ラティーナだろう。


――ま、別に読めなくても問題なさそうね。


「ちょっと勇哉ゆうや! 紙抑えるから、適当な石、その辺で拾ってきてよ」

「へいへい……石と言えば俺ですよねぇ~」


 華瑠亜の指示に溜息をつきつつ、木々の中へ姿を消す勇哉。

 どうも、渡河の際の飛び石の件をまだ根に持っているみたいね。


「これだけ風が強いと、石で押さえるだけじゃ飛んじゃいそうね?」


 私の言葉に華瑠亜も首を捻りつつ、


「う~ん、そうだけど……あっ! じゃあ、こいつで止めちゃおうか!?」


 右手に持ったクロスボウを掲げて見せる。

 森の中を丸木弓で進むのは不便なので、管理小屋からレンタルしてきたものだ。


「シートに穴開けちゃって大丈夫かな?」

紅来くくるも意外と慎重だね。魔法円さえ傷つけなければ大丈夫っしょ」


 言いながら、麻紙の四隅にクロスボウで打ち込む華瑠亜。

 さらにもう一周してその間にも打ち込み、計八本の矢でシートを押さえる。


「よし、オッケー! ……で、次は、どうするんだっけ?」

「え~っと、真ん中にこいつを置いて……」


 私が、ヒビの入った茶色い小瓶を二つ、魔法円の中心に置く。中にはそれぞれ、紬の爪と可憐の毛髪が入っている。


「あとは、この蓋の裏に書かれている呪文を読むだけらしいんだけど……」

「はいっ! あたし、やるっ!」と、すかさず手を挙げる華瑠亜。

「それが……一応、魔力ランクB以上が推奨らしいんだよ」


 あたしの言葉を聞いて、途端に表情を曇らせる華瑠亜。


「Bってことは……最低でも魔臓活量が三百以上は必要ってこと?」

「あくまでも〝推奨〟だけどね。仕様としては、この瓶の中身を基に、対象者の前に転送魔法円を作るらしいんだけど、それに結構魔力を使うみたい」

「えぇ~。召集魔法コールみたいに、直接ここに呼び寄せるような魔具じゃないの!?」


 召集魔法円コーリングサークルという魔具名から私もそうイメージしていたんだけど、説明を読む限り、どうやらゲート展開の魔法らしい。


「考えてみれば、銀貨三枚だしね。そんな値段で、コールみたいな超時空魔法を使用しようって方が、虫が良すぎるでしょ」

「あたし、射手アーチャーだし、魔臓活量なんて八十くらいなんだけど……」

「それだと、魔法円を作ることはできても、維持できるのは十秒程度だね」


 私は、裏蓋の〝魔力量と維持時間の相対表〟で確認しながら答える。


 紬や可憐にしてみたら、突然目の前に得体の知れないゲートが展開するわけだ。

 そこへ十秒以内に飛び込めというのは、さすがに無理があるよなぁ……。


「じゃあ今、一番魔臓活量が多いのは……」


 皆の視線が、もうお役御免だろうとでも思ったのか、少し離れた場所で雑談していたうらら初美はつみに集まる。

 魔物使いビーストテイマー幻術士イリュージョニスト――どちらも魔法専門職ではないけど、ある程度の魔力を必要とする支援職だ。


 二人は慌てて表情を作り直すと、


「私は、二百くらいね」と、麗。続いて、

「初美んは三百五十にゃん!」


 赤面する初美……の肩に乗ったクロエも答える。


「ってことは、初美っちで、決まりか――」


 私の言葉に被せるようにすかさず華瑠亜が、


「初美……ってあんた、呪文なんて詠唱できるの!?」

「あ、あう……うあ……」


――確かにそれは、華瑠亜でなくとも皆が心配するところか。


 しどろもどろの初美に代わって、麗が、


「まあ、授業中に当てられて教科書を音読するようなものだし……会話じゃないなら何とかなるんじゃない?」

「音読だってかなり怪しくなかった?」


 と、眉をひそめる華瑠亜。

 私は、もう一度相対表に視線を落とす。


「初美っちの魔力なら、一分以上は魔法円を維持できるわね」

「で、でもさ、いくら紬が無鉄砲でも、得体の知れない魔法円にすんなり入ってくれるかな?」


 華瑠亜が、さっき私が思ったことと同じ疑問を口にする。


「一応、詠唱した本人なら魔法円を形成したあとに、向こう側へ呼びかけができるみたいよ」

「呼びかけるって……初美が!? あの子、そんなことできるの!?」

「あ、あう……うあ……」


 溜息をつく華瑠亜。

 いや、アウアウ言ってる初美を見て、彼女には一番不向きなミッションだと思ったのは華瑠亜だけではないだろう。


――いくら魔力が多くてもあれじゃなぁ……。ここは無難に、私か麗がやるか?


 その時。


「クロエが呼びかけるにゃん!」


 初美の肩の上で、語尾にゃん精霊が真っ直ぐに手を挙げた。

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