04.見守り隊

 前を行く可憐の肩の上で、ハァ――ッと、リリスが溜め息をつく。

 メアリーとの使役契約が終わってから、あのわざとらしい溜め息をもう五、六回は聞かされていた。


「出口まで、あとどれくらいなんだ?」

「最後の枝分かれから一時間程度だと聞いていますので、もうそれほど先ではないと思いますよ」


 俺の質問に、目の前をトタトタと歩きながらメアリーが答える。

 先程の濃厚な・・・儀式についてはもう、まったく気に止めてもいないようだ。


――意識してるのは俺だけ? ……じゃ、ないよな。


 さきほどから一言も喋らず、前だけを向いて黙々と歩き続ける可憐かれん

 別に怒ってるという雰囲気でもないが、明らかに気まずそうだ。


 そしてもう一匹――。

 なぜか可憐の肩の上でポケ~ッとしてるチビメイド。

 休憩を終えて再出発して以降、俺の肩には乗ってこない。


「そういえばリリス、さっきはあんまり食べてなかったみたいだけど……大丈夫なのか? お腹減ってたんじゃないの?」

「……食欲ない」

「えええ――――っ!」


 天変地異の前兆?

 長い洞窟を抜けるとそこは雪国だった……なんてことないよな?


「な、なによ?」

「おまえが食欲ないなんて……一体、なんの伏線だよ!?」

「張ってないわよ伏線なんて! 私だって、食欲ないときくらいあるよ!」


 と言ってまた、ハァ――ッ、と大きな溜め息をつくリリス。


「じゃあ、なんなんだよさっきから……溜め息ばっかりついて」

「べっつにぃ~」

「なら、わざわざ聞こえるようにつくなよ、鬱陶しい」

「あらあらあらぁ? 一応私のことも、気にかけてくれるんですね~?」

「なにそれ?」

「べっつにぃ~」


 恐らく、先程のメアリーとの使役契約が関係してるのは間違いないだろう。

 でも、可憐はともかくリリスまでそんなに意識するとは思わなかった。

 華瑠亜や紅来とのキスを見てても、今まで特に何も変化はなかったのに、なんで今回に限って?


 リリスが体を回転させて可憐の背中側に足を出し、後ろ向きに座り直す。

 ジットリこちらを見ているのは分かったが、どうも面倒臭そうなので気づかないフリをする。

 変につついて藪蛇やぶへびになっても厄介だしな……と思って黙っていると、


「そこまで言うなら訊きますけどね!」と、リリスの方から口火を切ってきた。

「べ、別に何も言ってないけど……」

「さっきのアレはなんなのよ?」

「アレ?」

「この新米とのキスよ、キス!」


 そっとしておいたのに藪から蛇が出てきやがった!

 しかも、可憐まで耳をそばだてているようだ。


「やっぱり覗き見してたんじゃん」

「ひ、人聞き悪いこと言わないで! 何が起こるか、パートナーとして、し、心配だし、可憐ちゃんと〝見守り隊〟をしてただけだよ!」

「わ、私は……リリスちゃんほど夜目も利かないし、あまり見えなかったけれど」


 珍しく、尋ねてもいないうちから言い訳をする可憐。普段は滅多なことで動じることのない女剣士も、この手の話題には抗体ができていないらしい。

 まあでも、照れているのか戸惑っているのか……いずれにせよ可憐の方は怒っているという感じではない。


――問題は、リリスか。


「なんなのよ、って言われても、あれが正式な使役契約だって言うんだから、仕方ないだろ」

「それは知ってるけど……その……か、かなり長かったじゃん」

「それは俺も予想外だったけど……段取りは全部メアリー任せだったし」


 言いながら、すぐ目の前を歩くメアリーに視線を落とすと、彼女も俺の方を振り仰いで小首を傾げる。

 その表情を見る限り、やましいことをしたという感覚はまったくなさそうだ。あくまでも使役契約に必要なことをしたまで、というところだろう。


「絆を確かめる必要があるから……軽いのをちょこっと、ってわけにはいかないらしいんだよ」


 メアリーにされた説明を、そのままリリスにも伝えると、


「じゃ、じゃあ、なに? やっぱり、軽くなかったってこと?」

「い、いや、軽いとか重いとかって言うより……ちゅ、中くらい?」

「で……その、中くらいのキスは……入れる系? 入れない系?」

「入れる? なにを?」

「キスで入れる、って言えば、アレしかないでしょ! 舌的なやつ!」

「コホンコホン!」と、可憐が咳払い。


――シタテキ? 舌のことか!


「い、入れるわけないだろ! 馬鹿言ってんじゃねぇよ!」


 再び視線を落とすと、再びメアリーと目が合ったので、八回ウインクをして意思疎通を図る。

〝は・な・し・を・あ・わ・せ・ろ!〟のサインだ。


――頼むぜメアリー! ここは空気読んでくれよ!


 俺のサインに頷くと、メアリーは前へ向き直ってリリスを見上げ、


「入れましたよ、舌」

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