02.ヤル気スイッチ

――これ、ひょっとして、マズいんじゃないのか!?


 俺の〝呪いの指輪〟によるマナ変換をアテにしていたのだろうが、こうなってみると、ろくにマナ対策もしないまま連れて来たのは、やはり迂闊と言わざるを得ない。


 正式な使役契約とはどんなものなんだろう?

 地上に戻ってからゆっくりと、と思っていたので詳しく聞いてはいなかったが、急いだ方がよさそうだ。


「え~っと、正式な使役契約ってのは、何か必要な道具や段取りがあるんだろ? すぐに、ここでも出来るようなことなのか?」

「は、はあ? こんな、みんなが見てるところで、やれるわけ、ないじゃないですか! あ、アホですか!?」

「みんなって……可憐とリリスだけじゃん。……それもダメなの?」

「ダメです!」


 と言って、頬を赤らめるメアリー。

 内容も教えてもらってないのにアホ呼わばりされても……。

 まあでも、今のメアリーの反応やファンタジーのお約束にかんがみれば、どんなことをするのかおおよそ想像はできなくもない。


「もしかして……誓いの接吻くちづけでもしなきゃない……とか?」

「ど、ど、ど、どうしてパパが、それを知っているんですかっ!?」


――やっぱし~。


「まあ、なんとなく……お約束みたいなもんだし……」

「そ、そうですか……パパは……いやじゃないんですか?」

「別に、変に意識さえしなければ……キスくらい外国じゃ挨拶みたいなもんだろ?」

「キスが挨拶? どこですか、そのハレンチ天国は!?」


 やり取りを見ていた可憐が口を開く。


「気になるようなら、私たちは席を外してようか?」


 別に、儀式的なものだろうし、こんな子供との軽いキスくらい、見られてたって俺は平気なんだけど……。


「では、そうしてください」と、メアリー。

「俺と可憐かれんのことは散々あおってたくせに、自分が見られるのは恥ずかしいのか?」

「茶化さないでください! 部外者は黙っててください!」

「俺は、思いっきり当事者では……」


 スッとやってくれるなら何ともないのに、改まって人払いなんてされると逆に緊張してしまいそうだ。


「あ、ママ! ちょっと待ってください!」


 立ち去ろうとした可憐を、メアリーが呼び止める。


「行く前に、メアリーとパパの指を、剣で少し切ってください」

「ふむ……」


 可憐がクレイモアを鞘から引き抜くと、俺とメアリーが順番に、その鋭い切っ先に人差し指を押し当てる。

 終わるとすぐに、二人の指の腹でぷっくりと血が膨らみ、米粒ほどの大きさになった。


「じゃあ、私はそこを曲がったところにいるから」と立ち去る可憐。

「リリッペもあっちに行ってください!」

「ええ~っ! 私もぉ!?」

「言う通りにしないと、次からはエロッペです!」

「えっ? エロいことするつもり!?」

「しませんよ。ただ、人が見ないでほしいと言っていることを見ようとする行為自体がエロいと言ってるんです」

「べ、別に、見たいわけじゃないわよ……フルーツ運ぶのが面倒なだけで……」


 リリスが、食べかけの果物を抱えてふわふわ浮かび上がると、


「紬くん、ロリコンだから気をつけてねぇ」と、余計な一言を言い置いて可憐の後を追う。

「ロリコン? なんのことですか?」と首を傾げるメアリー。

「いい。気にするな」


 二人の姿が見えなくなったことを確認して、メアリーがこちらへ向き直る。


「では、始めます。まずは血のちぎりからです。お互いに相手の血を飲みます」

「お、おう……まあ、ありがちだな」


 血の浮かんだ指を前に差し出すと、なんの戸惑いもなく指先をパクッと咥えるメアリー。彼女の口の中で、俺の指先を撫でるように小さな舌が這うのが分かった。


――な、なんか、エロい……。


 俺も、差し出されたメアリーの指を口に含む。

 舌の上で、わずかに広がる鉄っぽい味。


――ノームの血でも人間と同じような味がするんだな。


 お互いに血を飲み終えると、メアリーが説明を続ける。


「それではいよいよ、契約の〝くちづけ〟を交わすわけですが……」

「お、おう……」


 サッとやってくれりゃいいのに、膝詰ひざづめで改まったりされるとなんだか照れる。


「聞くところによると、うわべだけで済ませばいいというわけではありません」

「……と、言うと?」

「使役者との絆を確認する儀式です。亜人の使い魔パートナーともなれば、単なる使役契約ではなく、ヤル気スイッチを押してあげなければなりません」

「な……なるほど」

「パパは、メアリーのことを愛してますか?」


 いきなり火の玉ストレートを投げ込んできやがった!

 まあ、愛してると言っても、娘や妹みたいな感覚に近いけど……。


「も、もちろん……」

「ちゃんと、こっちを見て言ってください!」

「は、はい! もちろんです!」

「ヤル気スイッチの押し方が雑ですっ! 『もちろん』ではなく、ちゃんとメアリーを愛してると言ってください!」

「なっ……」


 なんの罰ゲームだよこれ!?

 確かにこれは、可憐もリリスもあっちに行っててくれて助かったわ!


「お、俺はぁ……」

「はい」

「メアリーをぉ……」

「うんうん」

「あ……アイシテ、ル……」

「なんだかカタコトですが……まあ、いいでしょう」


 とりあえず、メアリーは納得したのかコクコクと頷いているが、俺の方はそれどころじゃない。


――こんなセリフ、カノジョにだって面と向かって言ったことはないぞ!?


 相手が子供とは言え、照れ臭さは半端ない。

 一気に、頬に熱が集まるのが分かった。


「パパの気持ちは分かりました。……まあ、メアリーはそれほどでもないですが」

「おいっ! そりゃないだろ! 俺のヤル気スイッチはどうなる?」


 ハァ……と、ため息をいて肩をすくめるメアリー。


「まったく、パパも冗談が通じないですね。あんな恥ずかしいセリフ、面と向かって言えるわけないじゃないですか」

「おいコラ……」


 と、その時――。

 不意にメアリーがにじり寄ってきたかと思うと、俺の耳元で、吐息に乗せてそっとささやく。


(メアリーも、アイシテマス)

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