第十九章【地底の幼精⑦】地上を目指して

01.マナ欠乏症

「マナ濃度が、薄いです……頭が、痛くなって、きました……」

「今から……そんなことで……どーすんのよ」

「早く……正式な……使役契約を……」

「とりあえず……そんなこと……上に行ってから考えなさい……よっ!」


 両手両足をゆっくりと動かして岩壁を上っていくメアリー。

 その手元を、ランタンを抱えたリリスが飛びながら照らす。

 今のリリスの体長サイズでは、ランタンと言えど持って飛ぶには重そうだ。


「ほんとに……こっちが出口で……間違いないんですか!?」

「あたりまえ、でしょ!……左側は、すぐに縦穴が……落とし穴みたいに……続いてたからっ」


 右側通路を少し進むと、こちらは上に向かって縦穴が延びていた。

 先に可憐かれんが上り、俺は落下に備えて下で待機。今は、メアリーが上っている途中だ。


「もうちょっと……ハァハァ……よく……ハァハァ……手元を照らして下さいよ……ハァハァ」

「贅沢……フ~フ~……言ってんじゃ、ないわよ……フ~フ~……ランタンも、重いんだから!……フ~フ~」

「息……ハァハァ……上がってますよ……ハァハァ……もやしっぺ!……ハァハァ」

「あんたこそ……フ~フ~……この、もやしっ子が!……フ~フ~」


 喋れば余計疲れるだろうに……あいつらは黙ってるってことが出来ないのか?


「もう少しだ。頑張れ」


 先に登っていた可憐が腕を伸ばしている。

 程なくしてメアリーがその手を掴むと、小さな身体が一気に上へ引き上げられた。


「うわおぅ! ママ、すごいです!」

「軽いからな、メアリーは」


 その傍らで、ランタンを置くとペタンと座り込むリリス。


「あ――っ、疲れたっ! もう無理。紬くん、明かり無しでもいいよね?」

「うん、いいよ。そこに置いといてくれれば」


 リリスに答えながら、俺もわずかな明かりを頼りに壁を上り始める。鍾乳洞はにじみでる地下水のせいで湿度が高く、岩肌も湿っている。


――うわ……暗いし濡れてるし、気持ち悪っ!


 二メートルか三メートルか……暗闇の中でよく分からないが、気が付けば、ランタンの明かりがぼんやりと岩肌を照らすくらいの位置まで来ていた。


「もうちょっとですよ!」


 と言うメアリーの声に顔を上げると、岩壁はまだ一メートルほど残っているが、可憐がこちらへ向かって右手を伸ばしているのが見えた。

 俺の方からも手を伸ばせば掴めそうな位置だが……、


「だ、大丈夫だよ可憐。さすがに女の子に引き上げてもらうわけには――」

「いいから、さっさと掴め」

「は、はい……」


 濡れた右の掌をローブで拭い、俺も上に向かって腕を伸ばす。

 直後、右手を掴まれると同時に全身に感じる浮遊感。


 「えっ!?」


 ふわりと岩肌から四肢が離れたかと思うと、次の瞬間にはぐいぃ――んと真上に引っ張られ、気が付けば崖の上に立っていた。


「うわおぅ! ママすごいです!」


 先ほどと同じ賞賛を繰り返すメアリーに、今度は俺も心の中で同意する。


――ほんと、すげぇな……。

  

「さっさと、縄橋子なわばしごくらい付けてくださいね!」


 メアリーが胸元の神水晶に向かって話しかける。

 すっかり通信機代わりに使っているが、ガウェインは聞いてくれてるだろうか?


 壁を上りきった所からは、並んで歩けるほどではないが、それでも大人一人が普通に立って歩けるくらいの通路が続いていた。

 先頭の可憐がランタンを持ち、その後ろからメアリー、最後尾に俺が続く。

 時折、頭に当たりそうな鍾乳石があると可憐が注意を促して先に進む。


「その水晶があればさ、バッカスの企みももっと早く気づけたんじゃないのか?」


 ふと、思ったことをメアリーに尋ねてみる。


「これは、もう片方の水晶を持っている人の五感に同調するか、或いは、水晶に映った光景を覗き見るだけみたいですから」

「ふむふむ。……だから?」

「相変わらずにぶちんですね。つまり、引き出しの中に入れるとか、布でも被せておけば透視なんてできない、ってことです」

「ああ、なるほど。そんな物理的なシャットアウトでいいんだ」


 霊視みたいな感じで特殊な投影でもするのかと思ったが、五感のシンクロ以外は、せいぜい防犯カメラのような使い方になるらしい。


 しばらく歩くとまた、少し広い小部屋のような場所に出る。


「ここで一休みしようか? 集落で分けてもらった果物も残ってるし」


 可憐の提案に、リリスも「賛成――っ!」と手を挙げる。

 いつの間にかポーチもペチャンコになってるし、パンとチーズは完食したようだ。


 とはいえ、俺も可憐も休憩を必要とするほど疲れているわけじゃない。もちろん、リリスの食事を心配したわけでもない。気がかりなのはメアリーだ。

 ここに来て、急に息も上がってきているし、顔色が悪く見えるのも洞窟の薄暗さのせいだけではないだろう。


 それぞれ適当な岩に腰かけ、可憐が赤いざくろのようなフルーツを皆に分けるが、メアリーはそれにも口を付けようとしない。


「どうしたメアリー? 気分、悪いのか?」


 俺が尋ねても、メアリーはうつむいたまま、


「えっと……気分と言うか……ハァハァ……急にマナ濃度が低下してきて……頭が痛くて……ハァハァ」

「マナ欠乏症の症状が出るのは、マナ不足が数日続いたあとだと聞いていたけど?」

「低濃度に慣れていないのと……ハァハァ……長時間歩いたり壁を上ったりして……ハァハァ……体に負担が掛かっていたからだと……思います。メアリーは、パパと違って、デリケートなのです……ハァハァ」


 こんな状態でも、余計な一言を付け足さずにはいられないんだな。


「何か、マナ抜きしてない食料とか持ってきてないのか?」

「はい……でも……大丈夫です。少し休めば落ち着きます……ハァハァ」


 メアリーはそう言ってるが、腰を下ろして回復するどころか、余計に息遣いが荒くなっているように見える。


――これ、ひょっとして、マズいんじゃないのか!?

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