07.自分のことは自分で決めます

「というわけです」

「へぇ~……」


 予想外の展開にまだ頭の整理ができておらず、口を衝いて出た返事が自分でも分かるくらいに間抜けに響く。


――あの爺さんが、そんなことを?


 ガチガチに凝り固まった思考の持ち主かと思っていたが、心の中では、長年この因習による不条理を目の当たりにして憂いていた……と言うことだろうか。


「へぇ~って……なんですかその反応は! せっかくメアリーが戻ってきてあげたのに、何か他に言うことはないんですか!?」

「え? メアリーも一緒に行くの?」

「……話を聞いてました? 鈍さに磨きがかかってませんか?」


 後半は、俺を指差しながら可憐かれんに尋ねたセリフだ。

 可憐が肩をすくめて、申し訳なさそうな、それでいて安心したような、複雑な表情を浮かべる。

 さきほどの、心無いバッカスの言葉に曝露されたメアリーの心のうちを慮っているのかもしれないが、存外メアリーはショックを引き摺っていないようだ。

 

「ってことは――」


 頭を整理しながら俺が口を開くと、再びメアリーがこちらに顔を向け直す。


「はい」

「メアリーの中では、一緒に行くって結果になったのか……」

「なんですか『メアリーの中では』って? そうじゃなきゃ、こんな風に姿を晒しませんよ!」

「いや、ほら、俺の中では結論の出ていた話だったから……やっぱりメアリーのことを考えると、あの集落でシャーマンとして――」

「ハァ~、往生際が悪いですね。……無駄ですよ!」

「ん?」

「すべてお見通しだと、さっき伝えたじゃないですか」

「何を……見通したんだよ……」

「だから、すべてです。パパが、メアリーのことが大好きで、別れが悲しくて泣いてたってことです」

「だいぶ端折はしょられてないか?」

「それだけじゃありません」


 メアリーが薄い胸を反らすと、首にかけられた神水晶がランタンの明かりを反射してキラリと光る。


「メアリーの世話が大変だとか、代わりはどうにでもなるとか、それも全部嘘だってこともバレバレです」

「まあ、概ねその通りなんだけどさぁ……盗撮は、卑怯じゃね?」

「ゴチャゴチャうるさいです! あれだけメアリーに大嘘ついて騙したんですから、もう信用なんてできません。メアリーも、自分のことは自分で決めますので」

「自分のこと、って言っても、俺にも関わりのあることで……」

「付いて行きますので!」

「ので、って言われても……」

「のでっ!!」


 もう、テコでも首を縦に振らない、といった決意を醸し出すメアリーから可憐の方へ視線を移すと、俺と目が合った彼女も掌を上に向けて首を振る。

 まさに、お手上げと言った様子の苦笑いだ。


 リリスは……まだ何か食っとる。


――覚悟を決めるか!


「そうだな……」

「ん?」

「分かった。これからいろいろ大変だと思うけど、よろしくな、メアリー」


 メアリーが、湧き上がる喜びを隠すことなく満面の笑みに変わる。

 そのまま、思いっきり俺に飛びついてくるメアリー。


「よろしくです! もう、一生、メアリーのことを遠ざけるのは禁止です」

「い、一生!?」

「一生です」


――ま、まあ、この場はそういうことでいっか。


 メアリーも強がってはいたが、やはり同行を断られはしないかと不安だったのだろう。

 小さな新パートナーの頭をそっと撫でてやると、ホッとして泣いているのか、わずかに肩が震え始める。

 出会ったころの……地底の片隅でいろんな感情を押し殺していたメアリーに比べると、だいぶ素直に気持ちを出すようになったな。


 しばらくの間、そのまま時間が流れて……不意に、顔を上げるメアリー。


「それでは、目のゴミも取れましたし、そろそろ行きましょうか」

「え? あ、ああ……でも、ウーナたちを待たなくてもいいの?」

「たぶん、もう来ないと思いますよ?」


 そう言いながら、メアリーが胸の神水晶を指差す。


「たぶんこれで、こっちの状況は筒抜けのはずです」

「なるほど」

「ウーナが去ってだいぶ経ちますし、今来てないということは、このまま行ってよし、ということなのでしょう。……ですよね?」

 

 と、神水晶に問いかけながら歩き始めるメアリー。

 もちろん、返事はない。

 メアリーにかかっては、神水晶も一方通行の通信機のような扱いだ。


 俺たちも慌ててメアリーを追いかけながら、


「ちょ、ちょっと待て! ルートは分かるのか?」

「来る前に受けた説明によると、この先に直ぐ枝分かれがあるみたいですが、そこを右に行けば、あとは一本道だと言っていました」

「ふむふむ……もし、間違ったら?」


 メアリーがしかめっ面で振り向いて、


「メアリーを信用してないんですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど、一応……」

「間違ってたら、大きな縦穴になっているらしいです」

「縦穴……」


 バッカスの最期を思い出す。


「暗闇の中じゃ落とし穴みたいなもんか」

「そうですね。心配なら、枝分かれになったら左通路をクソッペに調べさせましょう……って、あ! さっそく分かれ道ですよ!」


 そう言ってランタンを掲げるメアリーの前で、確かに道が二本に分かれている。


「クソッペ、出番です!」

「ちょ、ちょっとぉ! さすがにクソッペは失礼でしょ! せめてリリッペ――」

「さっさと行って調べて下さい! 左っ!」

「ったくもう……」


 ブツブツ言いながら、リリスが左側の通路へ姿を消す。


――あいつ、早速パシられてるじゃん……。

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