06【メアリー】さようなら(後編)
さらに続くリリスの声。
『紬くんの方こそ、泣くくらいツラタンなら、分別臭いこと言ってないで連れてきゃいいのに』
(ツラタン? 泣く? パパが、メアリーと離れて泣いたということなんでしょうか? 今だけは、グッジョブです、オシャベリリッペ!)
やがて、ガウェイン様がメアリーを……いえ、メアリーが同調している従者の方をチラと見て手招きします。
そろそろ、みんなで出発の準備を始めるようです。
従者の移動に合わせて、メアリーの五感もガウェインの
『案内役はウーナとラルカでよい。但し、子供用のフードローブは三着用意して、ラルカにだけ
メアリーの意識とは無関係に、従者が頷く感覚が伝わってきます。
さらに、ガウェイン様が従者の持っている――おそらく紅水晶に触れました。
次の瞬間。
メアリーの五感が、神水晶を胸に抱えながら立ち尽くしている自分の体に戻ってきました。両の頬は、一度止まったはずの涙で濡れています。
でもこの涙は、さっきまでの寂しさに満ちた冷たい涙ではありません。
やっぱりパパは、メアリーのために憎まれ役を演じていただけだったのです。
メアリーと別れて、寂しがっていたのです。
パパのくせに無理しちゃってたのです。
――ほんとに、バカなのです!
冷く乾いていた心の臓に、もういちど温もりが戻ってきたような気がしました。
止めどなく両目から溢れるのは、暖かな雫。
大切な人が出来たからこそ流せる幸せの涙があったということを。
不意に、後ろで入り口の扉が開く音がしました。
振り返ると、ぼやけた視界の向こうに立っていたのはガウェイン様でした。
「ガウェイン……様?」
「見えておったかの?」
「はい、あの……なぜメアリーにあんな光景を……」
「気まぐれ……と言ってしまえば身も蓋もないが、あえて言うなら……」
ガウェイン様が、メアリーを見据えながら、それでもどこか遠くを見つめるような眼差しに変わります。
「贖罪、かの」
「――? 野菜? お肉?」
「そのショクザイではない。バッカスに扇動されたとはいえ、我々も一時はそなたを
確かに、メアリーですら一時は生きることを諦めました。
今こうしていられるのは、間違いなくパパたちのおかげです。
「そう考えれば、メアリーという
「てんけい……メアリーには……よく分かりません……」
「分からずともよい。いや、儂にも何が最良の選択なのかは分からぬ」
ガウェイン様が、何かを考えるように少し言葉を切って……そして、白い髭を撫でながら再び続けます。
「だからの。今度は、そなたの生きる場所はそなた自身で決めるがよい」
「……メアリーが?」
「そなたをこの世に繋ぎとめ、一族をバッカスの悪徳政治から救ったのは、シャーマンであるそなたとあの人間たちとの絆だ。ならば、その絆をここで断ち切るか、あるいは深めてゆくのか、そなたにはそれを選ぶ権利があるような気がしての」
「い、いいのですか!? シャーマンのお役目は、平気なのですか!?」
「なぁに、本当に必要な時には、そなたがどこに居ようと我々の方から使いを出して伺いに行こう。バッカスの横暴が続いていたかもしれない未来を考えれば、それくらいの面倒は大したことではない」
そこへ、一人の従者が子供用のフードローブを持って現れました。
「これを着て、昇降穴の一つ目の分かれ道を左に入って待機しておれ。そこでラルカと入れ替わり、もう一度彼らの人品を見極めてくるがよい」
ローブを受け取り、袖に腕を通します。
ぴったりサイズで、魔法耐性もついている実用的なローブです。
かなりいいやつです!
ガウェイン様が、目を細めながら続けます。
「その上で、もし彼らに付いて行こうと決めたのであれば、そのまま行くのも良かろう。もしここへ戻ろうと思えば、もちろん我々も歓迎――」
「いやいやいや、そんなの、そのまま一緒に行っちゃうに決まってますよ!?」
「フォフォフォ。正直で宜しい。但し、神水晶は必ずそなたと共に」
どうやら紅水晶からも、神水晶を通じて所有者の五感に同調したり、映る景色を観察したり、と言ったことが出来るみたいです。
「あ、ちょっと待っててください!」
机の上の紙に、シャーマンとしてどうしても伝えておきたいことを
「これは、メアリーの最初のご神託です。もしメアリーが戻らなかったら、このご神託に従ってください。……まあ、絶対に戻らないと思いますけど」
もちろん、交神の儀で授かったようなご神託ではありません。
中身は、メアリーのまったく勝手な指示です。
それでもガウェイン様は、
「よかろう」と、笑って頷いてくれました。さらに、
「では、早々に準備を始めるがよい。このことを知っておるのは儂だけじゃ。ウーナにも知らせておらんから、心を決めるまでは声など出してバレんようにな」
そう言うと、ガウェイン様はくるりと背中を向けて
さらに、外へ控えていた従者に指示を出す声が聞こえてきました。
「このテントで降臨香を焚くのじゃ。シャーマン殿が交神の儀に入る」
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