05【メアリー】さようなら(前編)
約一時間前――。
後ろ手で
涙と鼻水をぐしぐしと
「えっ……えっ……えっ……」
頑張って我慢していたのに、もうパパやママに会えないと思ったら、熱い息と一緒に嗚咽が漏れ出てしまいます。
『毎日メアリーの体調を心配する負担だって大きい』
『似たような援護ができる魔物をテイムできれば替えは利くんだよ』
パパの言葉がいつまでも、頭の中でぐるぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐる――。
パパなんて、大っ嫌いです!
メアリーにあんな酷いことを言うなんて、大っ嫌いです!
従者から渡されたタオルをひったくるように受け取って、ぐちゃぐちゃになった顔に押し当てながらゆっくりと歩き出します。
裏口から真っ直ぐ歩いた先に建てられているのが、当面の住居としてメアリーにあてがわれた小さな
メアリーにお世話して欲しいって言ってたのにっ!
メアリーがいいって言ってたのにっ!
パパはうそつきです!
パパはうそつきです!
――ツムリは大うそつきですっ!!
パパのことを怒りたくて、憎みたくて、恨みたくて、忘れたくて……心の中で何度も罵声を浴びせているのに、なぜか優しい笑顔しか思い出せません。
パパに突き放された瞬間、メアリーのこれまでの人生は灰色に変わりました。
そして、この先の人生からも、すべての色が失われたような気がします。
足は前に進んでいるはずなのに……メアリーはいったい、どこへ向かっているのでしょう?
みんなと一緒に暮らしていけることになったのに、ちっとも嬉しくありません。
それどころか、一人で過ごしていた時よりももっと寂しく感じます。
どうせさようならするなら、最初からメアリーのことなんて放っておいてくれればよかったのです!
「ガウェイン様が、これを巫女殿にと……」
ドアを開けて専用の天幕に入ろうとすると、従者がメアリーへ何かを差し出してきました。
タオルの隙間からチラリと覗いて見てみると……。
――神水晶?
「なんで……今……ひっく……ごんな、ものを……?」
「神水晶は、紅水晶と対を成す神器。神水晶をお持ちになって念じれば、紅水晶を持った者の五感を共有することができる……と」
「紅……水晶? もう一人の従者が持っていた、赤い水晶の、ことですか?」
涙を拭きながら聞き返すと、従者は黙って頷きました。
紅水晶を持ってる人と五感を共有?
あの場にいなくても、あの中の様子が分かるということでしょうか?
でも、なぜガウェイン様はメアリーにこんな物を……。
とりあえず、神水晶を受け取って
従者は、それ以上は付いてきません。天幕の外で控えているようです。
――メアリーなんかのために、ごくろうさまです。
それにしても……。
パパたちのことなんて早く忘れたいのに、今さらパパたちの様子を見て、いったい何になるというんでしょう?
でも……こんな風に渡されてしまったら、やっぱり気になります。
あれが最後の別れだったなんて、やっぱり悲しすぎます。
神水晶を両手で包み込むように持つと、無意識のうちに、気持ちは中央天幕の中へと向かっていって……。
気が付けば、メアリーの前にはガウェイン様や、他の大長老様の背中が並んでいました。そしてその向こう側には……。
――パパ! ママ!
いつの間にメアリーはここに来たのでしょう!?
辺りを見回そう……と思ったのですが、体の自由が利きません。
目の位置も、いつもよりも高い気がします。
どうやら、立っているのは中央天幕の裏口付近のようですね。
手に、何か丸い物を持っている感触が伝わってきますが……。
これがもしかして紅水晶?
と言うことは、今、紅水晶を持っていた従者の五感にメアリーの意識が同調してるということでしょうか!?
体は動かせませんが、五感はきちんと働いているようです。
耳を澄ますと、パパとママの話し声が聞こえてきました。
『メアリーのこともそうだが、あれでは紬だって辛いだろう?』
『今は、メアリーにとって最もベストな選択を考えなきゃ……。俺のことはどうだっていいよ』
メアリーのこと?
やっぱりパパは、自分のことじゃなく、メアリーの事を考えてあんな事を言ったのですか?
……あ、リリッペも何かしゃべってますね?
『メアリーの代わりはテイムすればいいなんて……猫一匹まともに育てらんない紬くんがよく言えたものですわぁ』
ほら見なさい!! やっぱり、メアリーの代わりなんてそんなに簡単に見つからないんじゃないですか!
パパは、見栄っ張りです!
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