02.悪党

「胸ヤケだろ?」

「む・な・さ・わ・ぎっ! さっきの足音、やっぱり気になるな、って……」

「おい、変なフラグ立てるの止め……」


 と、その時。

 ウーナが消えた窟路の奥から「きゃあっ!」と、短い悲鳴が響いてきた。


「――!?」


 思わず可憐かれんと目を合わせる。


――なんだ? 魔物か? ほんとに、食人鬼グールでも出たのか!?


「リリスが変なこと言うから!」

「いっ、言いがかりだよそんなの!」


 背筋に冷たい汗が流れる。

 可憐がゆっくりとクレイモアを抜くのを見て、俺も六尺棍を召喚して臨戦態勢に入る。


「あ~、胸ヤケするわ……」と、薄い胸を擦るリリス。

「やっぱ胸ヤケしてんじゃねぇか! シャキッとしろ!」


 徐々に近づいてくる足音。

 暗闇の奥に小さな明かりがポォッと浮かび上がり、少しずつ大きくなる。


――あれは、ウーナのランタン!?


 しかし、暗がりからゆっくりと浮かび上がってきたローブの人影は、ウーナとは似ても似つかぬ屈強な体躯の持ち主だった。


「だ、誰だおまえ!?」

「ああん? なんだ、おまえらか……」


 ローブの男が、フードを後ろにずらしておもてあらわにする。

 下から現れたのは――。


「バッカス!」


 左手に持っているのは、恐らくウーナが持っていたであろうランタンだ。

 そして、右手にはなたのような刃物。

 その先端には赤黒い染みがまだらについている。


――血!?


「バッカス……おまえ、なんでここに……」

「まあ、俺もいろいろやらかしてたからな。こんなこともあろうかと財産の一部を他の場所に隠しておいたんだ。その場所と引き換えに牢番を買収したのさ」


 とことん悪知恵だけは働く奴だ。

 一人ってことは、他の弟妹は見捨ててきたのか?

 

「ウーナを、殺したのか」


 可憐が、殺気を帯びた声で尋ねながら、クレイモアの刃先をピクリと動かす。

 そのただならぬ気配を感じ取ったのか、


「おおっと! 慌てんなよ!? 殺しちゃいねぇよ!」


 バッカスが右の掌をこちらへ向けながら急いで否定する。


「突然そこで鉢合わせたから驚いて思わず斬りつけちまったが……多分、腕に掠り傷を負った程度だろうよ。こいつを落として逃げていったぜ」


 と、左手に持ったランタンを目の前に掲げる。

 とりあえずウーナの命が無事らしい、と言うのは不幸中の幸いだ。

 もちろんバッカスの話を信じればだが、ここで噓を吐いても特にメリットはなさそうだし、恐らく言っていることは本当だろう。


 ホッと胸を撫で下ろした、その時。


「んなことよりも……よおっ!」


 と、バッカスが突然大きな声を上げたかと思うと、手にしたランタンをこちらに投げつけてきた。

 反射的に、俺も可憐も身構えながら宙を飛ぶランタンを目で追う。

 その一瞬。

 バッカスから注意が逸れた間隙を突かれた。


 素早く横へ移動したバッカスが、かたわらにいたラルカを乱暴に引き寄せると、彼女の右腕を逆手に捻り上げる。

 そのまま羽交い絞めにされたラルカの手からランタンが滑り落ち、地面の上にトンと立った。

 フードの上から、ラルカの首元に鈍く光る鉈が押し当てられる。


「さっさと先に進んでもらおうか? 別にもう、おまえらをどうこうするつもりはねぇんだが……このチビは、念のための人質ほけんだ」


 ったく、やることがいちいち下衆な男だぜ!


「もう、おまえは終わりだ」


 そこをよく見ろ、と大岩を指差す可憐。


「昇降穴へのルートは落盤で塞がれている」

「な、なんだと……?」

「ウーナはあれを除くために人手を借りに戻ったのだ。当然、お前の事も話すだろう。……詰みだ」

「ふ、ふざけるなぁ! こんなところでくたばってたまるかっ! どんなことしてでも逃げ延びてやるっ!」


 羽交い絞めにしたラルカと一緒に奥へ移動しながら、バッカスが続ける。


「俺らは、他の裂け目に隠れてる。もし集落の連中が来たら、俺はこいつを連れて洞窟の奥へ逃げたと言え!」

「無駄だ! 逃げ切れるわけがないだろ!」


 そんな俺の言葉にも、全く耳を貸そうとしないバッカス。


「無駄じゃねぇ! 俺が隠れてる間にその落盤を退けて、あとは連中に別の場所を探させれば十分に逃げ切れるぜ!」


 無駄ってのは、そう言う意味じゃねぇんだよ……。

 この距離なら、メイド騎士モードのリリスに対して人質など盾にはならない。

 俺の命令一下で、ラルカを避けてバッカスを攻撃するなど造作もない。


 しかし、バッカスが続ける。


「どのみち捕まりゃあ、俺は死罪だ。残された時間も選択肢も、多くはねぇ」

「そんなことはない! もしその子を離せば、やってきたノームの連中に、命だけは助けてやるよう俺から口添えしてもいい」


 本気だった。

 聞き入れられるかどうかはともかく、どんな悪人であっても、俺たちのしたことが原因で命を奪われるというのは後味のいいものじゃない。


 しかし――。


「無理だっつってんだろ! 俺はガトランやウルをこの手で殺してんだ。今さら命乞いなんて聞き入れられるわけがねぇ!」

「なに……? メアリーの両親は、食人鬼グールに殺されたんだろ?」

「直接殺したのは確かにグールだ。だが、グールをおびき寄せられるように、やつらの服にバレないように洞窟犬の血を染みこませておいたのは、俺だ」

「なん……だと?」

「それだけじゃねぇ。セレップの両親がグールと戦闘状態に入ったのを確認して、登壁ルートを岩で塞いだのも、縄梯子を上に巻き上げるよう指示をだしたのも、すべて俺様の指示だったんだぜ?」

「おまえ……その場にいたのか?」

「あたりめぇだろ! 他人をアテにしてこんな計画立てられるか!」


 ジリジリと後ずさりながら、さらにバッカスが続ける。


「グールに食い付かれた時のガトランの顔も、それを見上げるウルの顔も傑作だったぜ! あいつら、何かっつうと事あるごとに上から物を言いやがって、ムカついてたんだよ!」

「だ・ま・れっ! バッカス!」

「ウルなんて、両足を食い千切られながら、セレップに逃げろ逃げろってバカみたいに繰り返してよぉ。地べたを這いつくばって、ありゃぁ傑作だったぜぇ♪」 

「黙れぇ――っ!!」


 瀕死の母親に、それでも必死に治癒術をかけ続けるメアリーの気持ちを想像して、思わず涙が溢れてくる。


――だ、ダメだこいつ……正真正銘のクズだ!


 六尺棍を握る手にグッと力が篭る。

 ……が、そんな俺を制するように左手をかざしてきたのは可憐だ。


「いい。ここは、私が行く」

「ん? リリスは大丈夫だぞ? ちょっと胸ヤケしてる程度で――」

「そうじゃない。使い魔で人を傷つけた場合、検証が慎重になるので時間もかかるし、後から厄介になるからだ」


 そう言えば、正当防衛を除いて、使い魔で人を攻撃するのは厳しく禁じられているんだっけ。

 いや、正当防衛じゃなければダメなのは剣でも魔法でも一緒だけど、使い魔を使った場合は、より厳しく正当性が検証されるということだ。


 元の世界でも、銃など殺傷能力の高い凶器ほど扱う資格や資質、使用した際にはその是非を問われた。

 この世界における使い魔も、銃のように最も殺傷能力の高い凶器の一つ、という扱いなのだろう。


「それに……」


 と、可憐が続ける。


「この下衆は、私がメアリーの母の形見クレイモアで斬り捨てることに決めた」

「え?」


 何気なく言っているが、つまり、斬り殺すってことだよな?

 いくら相手が反吐の出そうな下衆野郎だとは言え、十七歳の女の子が顔色も変えずに言えるセリフだろうか?


「斬り捨てる、って……殺す、ってこと?」

「そうだ。救いようのない悪党に、容赦は不要だろう?〝悪・即・斬〟だ」

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