08【横山紅来】割れた小瓶

「ど……どうしたんだよ、これ……」


 真夏の早朝、午前三時半――。

 月明かりの下、シルフの丘の休憩所前に集まった六人の人影。

 呟いた勇哉ゆうやの目の前……朝露で湿ったガーデンテーブルの上には、私が置いた二つの茶色い小瓶が並んでいる。


「え~っと、こっちが可憐の髪の毛で、こっちが紬の――」

「それは見りゃ分かる! どうして瓶が割れてんのか、って聞いてんだよ!」


――朝っぱらから、こいつは声がデカいなぁ……。


「ちょっとうるさいよ、勇哉。まだ寝てるお客さんもいるかもしれないし」

「あんな大きな地震の直後に山登りに来てるやつなんているか! それより質問に答えろよ、紅来くくる!」

「瓶は……割れてないよ? ヒビがはいってるだけ」

「それを、普通は割れてるって言うんだよ!」

「え~っと、最初から順を追って話すとぉ、まず私がぁ、華瑠亜かるあのおっぱいをぉ、揉……モゴモゴ」


 ぎゃああああ! と、華瑠亜が慌てて私の口を手で塞ぐ。


「おっぱい?」


 華瑠亜の胸をジッと見ながら首を捻る勇哉。

 割れた小瓶とおっぱいの関連性が、いまいちピンとこないらしい。

 華瑠亜が、慌てて左手で胸を隠しながら、


「ど、どこ見てんのよバカ!」

「ば、バカって何だよ!? バカって言う方がバカなんだぞ!」

「じゃあバカはおまえだバカ勇哉!」


 右手に持ったクロスボウを勇哉に向けた。


「おわっ! おまえそれ、矢がセットされてんじゃん!」


 反射的にスモールシールドを目の前に掲げる勇哉。


「ああ、わかったぞ! おまえのデカ乳の谷間に挟んで持ち歩いていたのが、ギュッとやった瞬間にパリン、みてぇな?」

「で……でかちち、って……」

「峰不〇子かよ……」と、突っ込むうららに、初美はつみだけがプッと吹き出す。


――ふじこ……何かの小説の登場人物かな?


「そんなところに入れて持ち歩くわけないじゃん! エロバカ勇哉!」


 華瑠亜がクロスボウの引き金を引く。

 直後、スモールシールドに一本の矢が突き刺さり、ビィィィンと矢筈やはずを振るわせた。


「お、おまっ! 軽すぎるだろ、引き金が! 洒落になってねえぞ!」

「だって本気だもん」

「だもんじゃねぇ――よ!」


 慌てて歩牟あゆむの影に隠れる勇哉に、「おまえも一言多いんだよ、アホ」と、歩牟も呆れ顔だ。


「まあ……あれだ……」


 私が拍手かしわでを打つと、再びみんなの視線がこちらへ集まった。


「私が見たところ、この瓶は単なる入れ物だね。多分、中身さえあれば、皿でもコップでも何でもいいんじゃないかな? 間違いない!」

「多分なのか間違いないのか、どっちなんだよ……」と、ぶつぶつこぼす勇哉を無視して、私は続ける。

「よしんば何らかの魔法効果マジックエフェクトが施された瓶だったとしても、まあ、ちょっとヒビが入っただけだし、影響ないっしょ?」

「んな、適当な……」

「いちいちうるさいんだよ、バカ勇哉のくせに!」


 この魔具――コーリングサークルもちゃんと機能するのか怪しいし、もともとダメ寄りのダメもとだったと考えれば、瓶にヒビが入ったくらいどうってことない。

 肝心なのは、おまけでもらったペンデュラムの方だ。


――あれはなかなかの拾い物だよな~。


 まだ皆には伝えていないけれど、あの振り子が本当に可憐と紬の位置を指し示しているのなら、やはり地底での二人の行動には何かしら目的がある可能性が高い。

 さらに言えば、その目的は地上に戻ること以外に考えられない。


 冷静沈着の可憐と、ああ見えてなかなかしぶとい紬のことだ。

 ここまで生き延びているあの二人なら、きっと何か考えがあるはず!


「とにかくさ、せっかく暗いうちから起きたんだし、今日は一気に目的地まで行こう!」


 私の声掛けに、全員が頷き返す。


 可憐と紬が何をしようとしているのかは分からない。

 でも、コーリングサークルが使えるにしろ使えないしろ、とにかく私たちは、二人の位置をトレースして、いつでもサポート出来る位置にはいないとね!

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