07.薄暗がりの攻防

 二、三分経って手首の縄が緩んだように感じたので少し力を入れてみると、思いの外あっさりと引き千切れた。

 勢い余って、背後でガサゴソやっていたリリスを吹っ飛ばしてしまう。


「きゃっ! なにすんのよ急に!」

「ご、ごめんごめん。つかおまえ、声がデカ――」


 と、その時――。

 突然、天蓋の皮幕カーテンが勢い良く開け放たれ、向こう側にぼんやりと何者かの影が浮かび上がる。


「おまえら、気が付いたのか!」


――見つかった!


 反射的に身体をよじって反動をつけ、まだ縛られたままの両足で闇雲にドロップキックをお見舞いする。


「うがぁっ!」


 どうやら、キックが脇腹の辺りに命中したらしい。

 両手だけでも自由になっていて助かった。

 不意を衝かれた賊がうずくまるのを見て、すかさず六尺棍を召喚する。


「リリス、そいつを見張っとけ!」


 メイド騎士モードに移行したリリスに指示を出すと、「はい」と返事をしてさらに数回、賊の脇腹に蹴りを入れる。

 それに合わせて「うがっ! うがっ!」と賊の呻き声が聞こえてきた。


――リリスのやつ、容赦ねぇな……。


 蹴りを入れながら、俺の足先付近を二、三度レイピアで突くリリス。

 直後、足首を縛っていた紐がバラバラに分かれてベッドの上に散らばった。


 その中から一番長そうなものを探してみたが、それでも、切断されて短くなった紐では手首を縛るのは難しそうだ。

 結局、リリスに命じて賊の両手を後ろに回させ、親指同士を縛って拘束する。

 以前、映画なんかで目にした方法だ。


 なおも賊を蹴り続けているリリスに、


「も、もういいぞ、リリス……」


 指示を出しつつ、六尺棍を収納して皮幕カーテンを開けてみる。

 室内はさらにけむたく、少し呼吸をするだけで頭が痛んだ。もしかすると催眠ガスのようなものかもしれない。

 ベッドの周囲だけ、天蓋キャノピーのおかげで煙が少なかったのだろう。


「可憐とメアリーの様子を見てくるから、何かあったらすぐに声をかけろ」

「りょぉかぁ~い!」


 元のサイズに戻ったリリスに声をかけつつ、中央のベッドの皮幕カーテンを開けてみる。すると、そこには両手両足を縛られた可憐の姿が……。

 しかも、よく見ると、ショーツとブラジャーのみの下着姿!


 脱いだ服は袖机の上に綺麗に畳んで置いてあるし、賊に脱がされたわけではなさそうだ。ということは、最初からこの格好で寝ていたのだろう。


――隣に俺がいるっつうのに……そこまで俺って安全物件か!?


 煙のせいか、可憐はまだ意識を失ったままだ。

 とりあえず足首のロープをほどき、それを使って今度は賊の両足首をしっかりと縛る。とりあえず、これで反撃の心配はないだろう。


――可憐の両手も、解いておくか。


 再び真ん中の天蓋キャノピーの中へ足を踏み入れた瞬間、ゆらりと空気が動いた。

 ハッ、と顔を上げる。

 視線の先に、こちらへ向かって猛スピードで近づいてくる人影が。


――まだ賊が潜んでいたのか!?


 一気に距離を詰めた人影が、右足で前蹴りを放つ。

 かろうじてかわしたものの、下ろした右足を軸にして続けざまに放たれた左り回し蹴りが俺の左肩にヒット!


つぅっ!」


 思わず声を漏らしたが、思っていたより衝撃は軽い。


――これなら、急所にでも当たらない限りは……。


 その時、影の胸元にぼんやりと輝く淡い光が目に入った。


――あ、あれは……!


 ベッド脇からキャノピーを超え、部屋の中央に躍り出ながら、さらに影が繰り出してきた右前蹴もかわす。

 踏み込みが甘い。

 薄暗がりの攻防の中、わずかなランプの明かりが影の顔をぼんやりと照らし出す。


――やっぱり、可憐か!


 後ろ手に縛られた可憐が、下着姿のまま右足を振り上げる。

 胸元の光はライフテールだ。

 俺はTシャツを着ているため、可憐からは光が見えていないらしい。

 直後、左の首の付け根辺りに走る鈍痛。


――かかと落とし!?


 可憐からは逆光になるせいか、まだ俺を判別できていないのだろう。

 痛みをこらえつつ肩の上にある可憐の右足を掴むと、前へ押し返しながら、


「かっ、可憐! 俺だっ!」


 しかし、俺の発した声は、自分でも分かるくらいにかすれて裏返っている。

 可憐も聞き取れてはいないのだろう。

 残った左足で床を蹴り、俺に掴まれた右足を軸に腰を捻る。

 宙で体を水平にするように放たれた可憐の左蹴りが、俺の右こめかみを捕らえた。

 視界が揺れ、右耳の聴覚が奪われる。


――っつぅ……とんだお転婆だな、おい!

 

 遠退とおのきかけた意識を慌てて引き戻す。

 こちらも必死だ。

 前かがみになり、タックルするように可憐をベッドに押し倒した。


「落ち着け! 俺だ!」


 手を縛られている分、蹴りに威力が乗っていなかったのは不幸中の幸いだった。

 踏み込みが甘かったのも上半身を使えなかったせいだろう。

 可憐の両腕が自由であれば、今の数倍のダメージは食らっていたはずだ。


――万が一可憐と結婚することがあっても、夫婦喧嘩だけは止めておこう……。


 なおも抵抗を続ける可憐を、なんとかベッドの上で抱え込みながら、


「待て! 可憐! 俺だってば!」


 そこでようやく、可憐の身体から力が抜けるのが分かった。


つむぎ……か? なんでおまえが、私を縛る?」

「俺じゃねぇ! 賊はさっき捕まえたから!」


 気が付けば、下着姿の可憐を背後から抱きしめてベッドに押し倒したような体勢だ。

 無我夢中だったため掴む場所など頓着してなかったが、この感触は……。


――お、お、お、おっぱい!?


 しかも、格闘の最中にブラがズレてしまったのか、どう考えても掌から伝わってくるのはじかに触れているそれだ。


「どこ触ってるんだ?」と、可憐。

「お、おっぱ……つか、ご、ごめんっ!」


 慌てて万歳をするようなリアクションと共に身体を離し、直ぐに可憐の手を縛っていた紐を解く。


「ありがとう」


 可憐が、軽く手首を摩ってから、ブラジャーを元の位置に戻した。


「ご、ごめん、咄嗟の事で、掴む場所まで考えてなかったってつうか……」

「触られるくらい、別に構わないさ」


 見られるのはちょっと抵抗があるが……と付け加える可憐の声色は至って冷静。


――そ、そういうもの?


「ところで、紬……メアリーはどこだ?」

「メアリー……」


――そ、そうだ、メアリー!


「可憐! め、メアリーはどこだ!?」

「先に私が訊いたんだが……」


 シャツを着ながら振り返る可憐を残し、慌てて一番左端のベッドも調べる。

 が、やはりメアリーの姿は見当たらない。

 うつ伏せで放置しておいた賊の元まで駆け戻り、足で転がして仰向けにする。


「おい! メアリーはどこだ! どこに連れていった!?」

「め、メアリー?」と、苦しそうに聞き返す賊の顔には見覚えがあった。

「お、おまえ……さっきの……」


 賊は、俺たちをこの天幕テントまで案内してくれたジャンバロだった。

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