06.賊

「そんなに疑わなくたって……毒なんてはいってないわよ」


 料理の臭いを嗅ぐ俺を、膳の横からリリスが呆れたように見上げる。

 先程、配膳係のノームが運んできたものだ。

 小さなちゃぶ台サイズのテーブルに並べられたそれらを見る限り、心配していたような『昆虫料理』などではなさそうだ。


「そりゃそうなんだけどさ……どうも、今回の生贄に関しては、食人鬼グールを退けるためだけに出た話じゃないような気がするんだ」

「他に、何があるのよ?」

「それは分からないけど……」


 さっきベッドの中で考えた、守護家の連中の目的についてもう一度整理してみる。

 やつらのこれまでの態度や行動に鑑みると、やはり、メアリーたちアウーラ家を殺そうとしていたのではないか? という疑念が払拭しきれない。


「……なんとなく嫌な予感がするんだよ」

「そんなこと言ったってさ、臭いを嗅いだだけで毒味なんてできるの?」

「いや……」


 まったく分からん。

 毒と言わずとも、何か違和感のようなものでも見つかるかも……とも思ったのだが、そもそもノーム料理のスタンダードを知らないので違和感もなにもない。


「何か変わった感じはないか?」


 料理から顔を離しながら、右隣のメアリーに尋ねてみる。


「見た目は特に変わったところはないです。ちょっと豪華なくらいです」


 確かに、献立は思いの他充実している。

 野菜スープや炒め物などのおかずに加え、明らかに鶏肉や豚肉と思われる普通の・・・肉料理、さらには米や、チーズのような発酵食品まで並んでいる。


「こんな食材、どうやって手に入れてるんだ?」

「交易に携わっているノームもいますし、地上に出て直接野山で狩りをしている者もいます」


 集落内を移動中に見かけたノームたちの出で立ちを思い出してみる。

 確かに、あのヨーロッパの民族衣装のような華やかな服飾品は、人間界に持っていっても人気になりそうだ。

 他にも、ノーム独特の工芸品などもあるのかも知れない。


「それに、万が一毒にあたってもメアリーが治療しますよ。パパがメアリーに求めているのは、そう言うお世話・・・なんですよね?」

「あ、ああ……まあ、そうなんだけど……」


 答えながら、メアリーの向こう隣に座っている可憐へ視線を移すと、ちょうど俺の方をチラ見した彼女と目が合った。


「さっきのは、変な隠し立てをしたつむぎが悪いんだからな」と、再び可憐がプイッと前を向く。

「別に、何も言ってないじゃん」

「顔が言ってたのだ」

「だってさぁ、いくらなんでも刃物を持ち出すのはやり過ぎじゃね? あれは洒落になんねぇぞ!?」


――さっきは本当に斬り捨てられるかと思ったぜ。


さやの方で叩こうと思っただけだ」

「扱うのが可憐じゃ、鞘でも大惨事なんだよ」

「最初から隠そうとせず、ちゃんと説明してくれれば良かったのだ」

「まあまあ、お二人とも……」


 と、間に座ったメアリーがなだめるように俺と可憐の膝に手を置いて、


「夫婦喧嘩は止めて下さい。ママも、そろそろ馬鹿なパパを許してあげて下さい」

「ちょい待てコラ! なんでメアリーが仲裁役みたいなポジションなんだよ!」

「もとはと言えば、変に隠し事をしようとするパパが悪いんですよ」

「もとはと言えばと言うなら、メアリーがあんな格好・・・・・で俺のベッドに入ってきたのがそもそもの――」

「とは言え、パパも悪気はなかったようですし、反省もしてるようですからね。罪を憎んで人を憎まずです」


 まあ、すんでのところでメアリーが体を投げ出して庇ってくれたおかげで、可憐に叩かれずに済んだのも事実だ。

 痴漢の冤罪被害に遭って示談金を払わされたような後味の悪さは残るが、もうこの話はあまり引っ張らないでおこう……。


「って言うかさぁ、早く食べない? 毒なんてないよきっと」

「リリスはさっきからそればっかだな」


 もっとも、イメージ的に悪魔が毒に侵されるというのもピンとこないし、リリス的には大した問題ではないのかも知れない。

 さらに可憐も、リリスの意見を後押しするように、


「私も毒はないと思う。人間をむやみに殺したりすれば、重大な協定違反で身柄の引渡し事由になるからな。さすがにそこまでのリスクは犯さないだろう」


 それを聞いて、リリスが「ほらっ!」得意気に俺を見上げる。

 まあ、殺すつもりなら今まで他にもチャンスがあったのは確かだ。

 それをスルーしてわざわざ不確実な毒殺なんかを選ぶこともないだろう。


「いざとなればメアリーの治癒魔法もありますし、心配いりませんよ」


 狙われる可能性が一番高いと思われるメアリーまで、だいぶ楽観的だ。

 俺が、一人だけ心配し過ぎなんだろうか?


「ではまず、パパから〝あ~ん〟してください」

「え? ここでもやるの、あれ?」


――あまりそういう雰囲気じゃなさそうなんだけどなぁ……。


 と思いながら可憐を見ると、横目で俺を見つつ、まだ憤懣ふんまんとした表情を残しながらも、凛々しい唇をアーンの形に開いている。


――え~と……やるんだ!?


◇◇


 ペチ、ペチ、と頬を叩かれる感覚。続いて、


「紬くん、起きて! 紬くん!」


――この声は……リリスか?


 結局、食事の後は何の異変も感じることなく、しばらくみんなで今後の事を話したりしながら時を過ごし、眠りについたのは恐らく夜の零時頃だったと思う。

 そこそこ眠った感覚は残っているので、今は朝方だろうか?


 左端のベッドは俺とリリスが使い、真ん中のベッドには可憐とメアリーが寝ているはずだ。


「ウ――ン……、リリスかぁ? どうしたぁ?」


 薄っすら目を開けると、体を横にして寝ていた俺の顔を、リリスが屈んで覗きこんでいる。


「何か……臭くない?」


 言われてみれば、お香のような臭いがするし、少し煙たい気もする。

 ベッドから起き上がろうとして初めて、手首が後ろ手で縛られていることに気がついた。いや、手だけでなく、両足首もだ!


――な、なんだこりゃ!?


「おいリリス、ふざけるな! 何してんだこれ!?」

「シッ! 静かに! 私じゃないよ! それに、部屋に誰かいるみたい」


――何だって!? 賊に押し入られたってことか?


 極力、声のトーンを落とし、


「手首の縄、解けるか?」

「さっきからやってるんだけど……」


 リリスが俺の背後に回り、縛られている手首の周りで何やらゴソゴソと始めた。恐らく、レイピアで縄を切ろうとしているのだろう。


 あのサイズでは切断に時間が掛かりそうだが、折れ杖を召喚してもこの状態では繋げて六尺棍にすることはできない。

 とりあえず、手が自由になるまではチビリリスに頑張ってもらうしかない。


 それにしても……。


――やっぱりまだ、俺たちが狙われる理由が残っていたのか!?

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