第十六章【地底の幼精④】カキストクラシー

01.ガウェイン

 テントエリアを歩くこと、約五分。

 柵で囲まれた、明らかに他のエリアとは違う最奥のエリアに辿たどり着いた。

 テントも、これまで見てきたような、骨組みと布を組み合わせただけの簡素な物ではなく、柱を中心に木組みで円状に梁を作り、動物の皮を被せた立派なものだ。


 元の世界で言えば、モンゴルの遊牧民が使っていたゲル(※移動式住居)に良く似た造りに見える。

 中央に大きなゲルがあり、中小複数のゲルが周囲を取り囲んでいる。その数、ざっと二十前後と言ったところか。


 四方は岩壁に囲まれているが、最奥の岩壁には大きな亀裂が見える。

 もしかすると、さらに奥があるのかも知れない。

 真っ直ぐに中央の大きなゲルに向かって歩いていくカールに、俺たちも続く。


「メアリー、ここに長老衆全員が住んでいるのか?」

「ここの区割りについては分かりませんが、全員ではないと思います。向こうに住んでいた時も特別エリアがありましたが、暮らしていたのは大長老と言う、すっごいヨボヨボのお爺ちゃんだけでしたので」


 ゲルの扉をくぐると、あらかじめ連絡でも入っていたのか、奥に五人の人影が横一列に座っているのが見えた。すでに訪問者を評議するような並びだ。

 カールが、向かって一番左端の老ノーム――恐らく、大長老の一人――にそっと耳打ちをすると、その老ノームも、俺たちの方を見ながら何度かうなずきつつ話を聞く。


 話が終わるとカールが、もう一度俺たちを一瞥しつつ、


「この方たちが、五賢者と呼ばれる大長老様だ。くれぐれも失礼のないように」


 そう言ってうやうやしく一礼をすると、ゲルを後にした。

 集落の実権を握っている守護家の連中と言えども、やはり大長老に対しては、それなりの敬意を払っていることが伺える。


「まずは、フードを脱がれよ、セレピティコ」


 中央の老ノームのしわがれた、しかし、よく通る声がゲル内に響く。

 メアリーがフードを脱ぐと、その下からふわりと現れた明るい金髪に、五人の大長老が揃って「おお……」と感嘆の吐息を漏らした。


「生きて……おったのか……」

「お久しぶりです、ガウェイン様。パパとママは食人鬼グールに殺されてしまいましたが、セレップだけはなんとか生き延びることができました」

「それは……難儀であったの」


 中央に座っていた老ノーム――ガウェインと呼ばれていた大長老が、メアリーにねぎらいの言葉をかける。

 胸元まですっぽりと覆い隠すほどに蓄えられた豊かな白髭と、顔に刻まれた無数の深い皺が、かなりの年齢であることを物語っていた。


 恐らくこの場では首座の地位にいる人物であろうが、しかし、その理由は年齢だけではないだろう。

 腹に響く知性を感じさせる声、そして、鋭さの中にも慈愛と思慮深さを湛えた眼差しからは、他の四人とは一線を画する特別なオーラを感じる事ができた。

 

 カールから耳打ちをされていた末席の老ノームがガウェインの元に歩み寄り、腰をかがめて耳打ちをする。

 恐らくカールからの言葉を伝達しているのであろうが、二人にチラチラと見られながら小声で話されるのは居心地の良いものじゃない。


「さてと、それでは……」


 伝言を聞き終わったガウェインが、メアリーを見ながら再び口を開く。


「思い出したくないこともあるとは思うが、カトゥランゼルとウルの最期や、そなたのこれまでのことついて、少し話を聞かせてはくれまいか?」


 カトゥランゼルとウル……メアリーの本当の両親のことだろう。

 メアリーが頷き、五賢者と呼ばれた大長老たちの前で、俺たちが聞いていた内容とほぼ同様の話を伝える。

 両親が亡くなった日付については、四十九日前から大幅に修正されたが。


 大長老たちからもいくつか質問が投げかけられたが、メアリーの語る内容について概ね納得した様子だった。

 話を聞き終わると、


「では、そなたたち……ツムリとカリン、と言ったかの?」


 ガウェインが俺たちの方へ視線の矛先を移す。

 呼ばれ方はメアリーの話からそのまま引用されただけだが、守護家の連中からもすっかりその名前で定着してしまったので、面倒だしそのままにしておくことにした。


「両親の代わりとなってセレピティコをここまで送り届けてくれたこと、また、災厄の根源たる食人鬼グールを討ち果たしてくれたこと、御礼申し上げる」


 隣で可憐が軽く会釈する気配を感じて、俺もそれにならう。

 正直、こういう格式ばった席での所作というものにはあまり自信がない。


「大したものは用意できぬが、湯浴みと簡単な食事、寝床くらいは用意致すので、今夜はゆっくりと――」

「すみませーん! 食事は簡単じゃないやつでお願いしま……って、きゃっ!」


 肩の上のリリスを急いで専用のベルトポーチに突っ込みながら、 


「その前に、少し聞いておきたいことがあるんだけど……」


 質問を続けると、今度は俺の膝をメアリーに、後頭部を可憐に、ほぼ同時に引っぱたかれる。


「イテッ、イテッ! な、何するんだよおまえら!」

「失礼ですよパパ! 大長老様の前では発言を許されてないのに口を開く事は禁じられているのです! 非常識にもほどがありますよ!」

「ノームの常識なんて、人間の俺には分かんねぇよ」

「ママは知っていたようですけど」

可憐ママは……あれだ、特別なんだよ、いろいろと……分かるだろ?」


 俺たちの様子を見ていたガウェインが、白髭を撫でつけながら「ホッホッホッ」と快活に笑う。


「よいよいセレピティコ。そなたも含めて全員、我々に対して自由な発言を許そう」

「ほら、爺さんもああ言ってる」


 ガウェインを指差すと、再び膝と後頭部を二人に引っ叩かれる。


「爺さんとか、失礼にもほどがあります!」

「おまえだってさっき、ヨボヨボの爺さんって……」

「言ってません! 言ってません!」

「ホッホッホッ。よいよい。それで……聞いておきたいこととは、何かの?」


 俺の両目にひたと視線を合わせ、ガウェインが問いかけてきた。

 笑っているようでいて、何かを射抜くような鋭い眼光に、俺も一瞬たじろぐ。


 最も聞いておきたいこと、それは――。

 ここに着いてからずっと、俺の脳裏にこびりついている違和感の正体だ。


「メアリーの生還を……なぜ誰も歓迎していないんだ?」

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