02.残酷な決断

「メアリーの生還を……なぜ誰も歓迎していないんだ? ……イテッ」


 可憐かれんがまた、今度は俺の右脇腹を肘で小突く。


「敬語くらい使え」

「さっき無礼講って言ってたじゃん」

「自由に発言していいと言われただけで、無礼講とは言われていない」


――そうだっけ?


「よいよい。わしとて、たんに歳を重ねた結果ここに座っているだけで、特別うやまわれるようなことをしてきたわけでもないしの」


 寛容とも自嘲とも取れる言葉でガウェインが鷹揚おうように話す。


「ほらね?」と、ガウェインを指差しながら横を向くと、可憐も呆れたような表情にはなったが、それ以上は何も言わなかった。


 俺だって余計な波風を立てたいわけじゃない。

 ただ、メアリーを死んだものとして僻地に置き去りにしていた連中だと思うと、素直に敬う気持ちにはなれず、それが自然と口調に表れてしまっていた。


「セレピティコの生還が歓迎されない理由か……」

「そうだ。守護家の連中の理不尽な振る舞いは言語道断だけど、それだけじゃない。集落の連中も、そしてあんたたち長老衆にしても……仲間の生還を諸手もろてを挙げて喜ぶという雰囲気にはとても見えないんだけど?」

「そうじゃな……さもありなん・・・・・・、というところじゃな」


 ガウェインが長い溜息を吐き、目を瞑って座椅子の背凭せもたれに身を預ける。


「本来であれば一族内の話でそなた達には関係のない話じゃが……元凶を排除し、さらにセレピティコをここまで連れてきてくれたそなたたちであれば、知る権利もあろうというものか」


――元凶? って、食人鬼グールのことだよな?


「この地に最初に戻ったのは、儂ら大長老衆と、身の回りの世話をする側衆、そして守護家――ジュールバテロウ家の者たちじゃった」

「うん、それは、聞いてる」

「この地へ着くとほぼ同時に、新生活の準備もそこそこにジュールバテロウの者たちは交神の儀を始めたのじゃ」

「確か、今のシャーマンはジュールバテロウ家の身内の者だったな?」

「うむ。四兄妹の曾祖母にあたる御仁じゃ。グールという厄災に対抗する為の神託を賜るためと申しておった」

「で、その神託とやらはもらえたのか?」

「うむ……」


 ガウェインが目を閉じ、初めて逡巡するようなため息を吐いて、言葉を繋ぐ。


「神託の内容は……生贄いけにえじゃった」


 やっぱりそう言うことか。

 これまでメアリーから聞いていた話や、他のノームの態度を考え合わせれば、その可能性が最も高いのではないかと薄々予想はしていた。


 一方で、本当にそんな残酷な決断が下されていたなんて信じたくはなかった。

 なかったのだが――、


「生贄にされたのは、メアリーの家族、全員?」

「……そうじゃ」


 隣で、メアリーが肩を震わせ始める。

 声を殺してはいるが、自分たち家族が、同族の意思によって計画的に置き去りにされていたのだと知り、やりきれない感情が溢れてきたのだろう。


 両親だけでなく、自分までもが一族から〝死〟を望まれていたのだ。

 この小さな肩に背負わせるにはあまりにも残酷な真実。

 メアリーの静かな慟哭を少しでも和らげようと、そっと少女の肩を抱き寄せる。


「残酷、すぎるだろ……。誰も、異論は唱えないのか?」

「それがノームの歴史じゃからな。神託に従っていたからこそ、何百年もの間、災禍を退けてこられたとみな信じておる。それに……」

「……それに?」

「賜った神託をアウーラ家の者に伝えたところ、アウーラ家もそれを承諾したと、ジュールバテロウの者が戻ってきて公言していたからの」

「嘘です!」


 震えを帯びた幼い声で、メアリーが反駁はんばくする。


「そんな話、メアリーは聞いてないです!」

「大人の話じゃ。そなたに悟られぬよう話していたという可能性も――」

「ありませんよ! パパとママは最後まで、みんなで生き残ろうと必死で戦っていました! メアリーも一緒に戦っていました! それくらい分かります!」


 メアリーの話によれば、両親は自分たちの死が避けられないと悟り、最後の力を振り絞ってメアリーに逃げるように叫んだと言っていた。

 もしメアリーの両親が家族全員の生贄を承諾していたのなら、メアリーだけを逃がそうとしたことと整合性が取れない。


 恐らく、抜け道の洞穴路の縄梯子なわばしごを巻き上げたのもレアンデュアンティアか、あるいはジュールバテロウの仕業だろう。

 もしかすると登壁路を塞いでいた落盤だってあいつらの仕業かも知れない。


――最初からあいつらは、アウーラ家の三人を見殺しにするつもりだったんだ!


 再び、ガウェインが口を開く。


「アウーラ家了承の真偽はさておいても、神託が下った以上はそれに従うしかないのがノームのおきてじゃということは……セレピティコも知っておろう?」


 俺の胸に、何とも言えないもやもやとした感情が渦巻き始める。


 なんだここの連中は? 神託? 掟?

 こんな年端も行かない子供まで犠牲にするお告げが、神の意思だって!?


――もしそれが本当なら、そんな神、クソ喰らえだ!


「紬くん……」


 ベルトポーチの中から、リリスが心配そうに俺を見上げている。

 可憐も、膝の上で震わせた俺の拳の上に、自分の左手をそっと重ねてきた。


「抑えろ、紬。ここでいくらおまえが異を唱えたところで、一朝一夕に何かが変わるような話じゃない」


 さすがは可憐。ほんと冷静だよな。

 でも……俺は可憐ほど人間ができちゃいないみたいだ。


「何が掟だよ……」


 すすり上げるようなメアリーの哀哭あいこくが俺の鼓膜にこびりつく。

 とても『はいそうですか』なんて納得できる心境じゃない。


「誰がいつ、そんな掟を決めたんだよ!?」

「掟と言う物は誰かが決めるものではない。一族が経験してきた奇跡の積み重ねが経験則として記憶に刻み込まれ、それが掟となって受け継がれてきたのじゃ」

「何が奇跡だよ? 奇跡ってのは、自分たちの力で何とかしようと足掻あがいて足掻いて、その先でようやく掴み取れるもんじゃないのか!?」

「紬っ!」


 可憐が、俺をいさめるように右腕をグイッと引っ張ってきた。

 しかし、それを振りほどいて、俺はなおも思いをぶつける。


「こんな小さな女の子を犠牲にすることで、自分たちは安全なところから祈るだけなんて……そんなの、奇跡でもなんでもない! ただの欺瞞ぎまんだ!」

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