09【藤崎華瑠亜】揉み合いっこ

――いよいよ、明日が勝負かぁ……。


 ベッドで横になりながら、つむぎの爪と可憐かれんの毛髪が入った二つの小瓶を掲げて眺めてみる。

 私の胸元では、ライフテールが暖かな黄色い光を放ち続けていた。


華瑠亜かるあ、まだ起きてたの? 何、勝負って?」


 二段ベッドの上段から、ヒョイッと顔を覗かせたのは紅来くくるだ。


「あ、あれ? 声に出てた?」

「うん、しっかり」

「い、いや、明日はいよいよ、あいつらに会えるのかなぁ……って」

「あいつら?」

「つむ……可憐たちだよ!」

「ふぅ――ん」


 今夜は、シルフの丘の簡易宿泊施設で、女子が四人ルームを、男子二人はそれぞれカプセルルームを借りて宿泊することになった。

 通路を挟んだ隣のベッドからは、先ほどまでゲームがどうのBLがどうのと、私にはよく分からない話をしていたうらら初美はつみの寝息が聞こえてくる。

 せっかくの二段ベッドなのに、二人揃って下段に並んで就寝中だ。


「なんかいろいろ、現実感がなくってさぁ……」

「現実感?」

「夢中でやってきたけどさ、冷静になると、こんなガラクタみたいな道具でほんとに召集魔法コールの効果なんて得られるのかな、とかさ」

「正直……アイテムの効果に関しては、私は半信半疑」


 私が躊躇ためらっていた言葉をサラッと言ってのける紅来。


「そ、そんなこと!」


 言わないでよ!……と言いかけた言葉を呑み込んで、私も短く息を吐き出す。


「……やっぱり、そりゃそうよね。明らかに胡散うさん臭いしね」

「まあでも、それはさておき、紬と可憐の事はそんなに心配してないんだよね」


――え?


「ど、どうして?」

「状況的に見て、川に落ちた場所から数キロ……もしかすると十キロ以上は移動してることになるけど、生きてるってことは川から脱出はしてるわよね」

「うんうん」

「岸に上がったと考えて、でも、食料も明かりも無い状態で、闇雲に地底を十キロも移動するなんてあり得ないでしょ? しかも、あの慎重な紬と可憐が一緒で」

「うんうん、確かに」


――紬の場合は、慎重っていうか、単なるビビリなだけだけど。


「つまり、体温の確保や、水や食料、明かりなんかの問題も何らかの方法で解決して、かつ、何か目的を持って移動してるんじゃないかと思うのよ」

「うんうん、確かに確かに!」


――でも、あれ? ちょっと待ってよ?


「何らかの方法って、何よ?」

「そんなの私だって分からないけどさぁ。可憐は火打石を持ってたし、食料も、水だけだって結構生きられるよ。いざとなれば虫もいるし……」

「体温は? 地層が深くなれば更に寒くなってるかもよ?」

「それはほら、あれだよ……定番のあの方法……」

「定番?」

「裸になって抱き合うとか……」

「そんなことするか、馬鹿!」

いったっ! 下から蹴らないでよ! 今、バキって音したよ!?」

「紅来がくだらない冗談言うからでしょ!」

「確かに、半分は冗談だけどさぁ……」


 そう言いながら、紅来がするすると梯子を伝って下に降りて来た。


「私たちも一緒に寝る? 麗と初美こいつらみたいに」

「何でよ? もう蹴らないわよ」

「そう言うんじゃなくてさ。華瑠亜、寝付けないみたいだし」

「この幅に二人並んでなんて、窮屈でしょ!?」

「嫌なの?」

「べっ、べつにそう言うわけじゃないけど……」

「じゃ、いいじゃん!」

「こんなんだったら、ツインで良かったじゃん……」

「ま、いいじゃんいいじゃん♪」


 紅来がするりとベッドに潜り込んでくると、ふわりと柔らかな香りが漂った。


「山中だし、夜は涼しいけど、昼になったらきっと汗だくよ?」

「大丈夫、そんなにゆっくりしてないよ。明日は早朝に出発するでしょ……って言うかさ! 華瑠亜、また胸大きくなった?」


 すばやくシャツの裾から中に手を入れてきた紅来に、ブラをしていない私の胸が鷲掴みにされる。


「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ! 止めてよ!」


 と言いながら紅来を押し返そうとしたら、期せずして私も、シャツの上から紅来の乳房を鷲掴みする形になった。


「あれあれ? 華瑠亜、私と胸の揉み合いっこをしたいの?」

「なんだよ胸の揉み合いっこって!? しないわよ馬鹿!」

「いやでも、ほんと、かなり成長したんじゃない、華瑠亜?」

「あんたに言われても嫌味にしか聞こえな……あっ、あん♡」

「あれ? 華瑠亜、乳首が硬くなってる?」


 指の間で私の乳嘴にゅうしを軽く挟むように刺激しながら、五指を順番に動かすようにいやらしく揉みほぐす紅来。

 なんだか、マッサージをされるような気分で、頭がボォ~ッとしてくる。


「確かにD班じゃ私が一番大きいとは思うんだけどさぁ……ライバルがいるとしたら、華瑠亜だと思ってるんだよね!」


 言いながら、掌で乳首を転がすように、さらに両手をいやらしく動かす紅来。


「そ、そんなライバルに指名されても、嬉しくないわ……」よっ! と、紅来を押し返そうとしたけど、狭いベッドの中では限界がある。

「あぁ~、なんか、人の胸を揉むのって、気持ちいいわぁ……」


 私の抵抗など意に介さず、一向にシャツから手を出そうとしない紅来。


「ちょっとあんた!? ……んっ、んふぅ……そ、そういう趣味あるんじゃないでしょうね? ……あっ、ああん」

「ん~、よく分からないけど、華瑠亜ならいいかな? とは思うよ」

「な、なにが!? 私はノーマルだからねっ!? ……ん、んんん……あん……へ、変な気持ちになってくるから、ほ、ほんとに止めっ……ああん!」

「変な気持ちにさせてんのよ♪」と、肩を小さく揺らす紅来。

「こらっ!  止めなさい! 紅来っ!」


 紅来を突き放そうと思いっきり両腕を伸ばしたその時、反動で奥に押し返された私の背中からピシッ! という、嫌な破砕音が聞こえてきた。

 私と紅来の動きが止まり、薄闇の中、二人で目を合わせる。

 恐る恐る振り返り、ライフテールの明かりで音がした辺りを照らすと……。


 そこには、ヒビの入った二つの茶色い小瓶が転がっていた。

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