10.ポーカーフェイス

――なにがラッキーリリスだ!


 ……と、能天気メイドの申し出を一蹴しかけて、はたと思い留まる。

 バッカスの説明によれば、ゲーム中、プレーヤーに選択の余地がある瞬間は二回。

 一つは、カードチェンジをするかどうか……つまり、勝負をするかどうか。

 もう一つは、カードチェンジをする場合の、チェンジカードの選択だ。


 つまり、先出しの順番でのみ若干の思考要素はあるものの、それでも、心理的な駆け引きはほとんど必要としない、バカでもできる引き勝負だ。

 純粋な〝運〟勝負なら、この手の勝負に勝った記憶がほとんどない俺なんかよりも、リリスの妙な自信に賭けてみるのも手かもしれない。


「……分かった。いけ、リリス」

「やったぁ――♪」


 リリスをテーブルの上に載せると、さっき魔具を探しにいっていた痩せた眼鏡の男がカードをシャフルし始める。

 最後にバッカスと俺が一度ずつカットして、眼鏡男にカードを返す。

 カードが分厚いのは、五十二枚のセットを二組使っているからだろう。


――ん? また、さっきの匂い?


 ジュエルケースに染み付いた香が匂ったものかと思っていたが、どうやら眼鏡男の服から漂っていたようだ。


「よし、さっさと配れ、ッカス」


 ビッカス……。こいつらはバ行ブラザーズかよ?

 ということは、残りの二人……あの女ノームとチビのモヒカンのどちらかがッカスで、どちらかがッカスか?


 バッカスと、テーブルに乗ったリリスの前に、五枚ずつカードが配られる。

 リリスが両手で、伏せてあるカードを一枚一枚持ち上げては確認していくその後ろから、俺もカードを覗き込もうと前かがみになる。


 ……が、それが期せずして、丈の短いリリスのエプロンドレスの中身を覗き込むような体勢になってしまう。

 スカートの裾と、ニーハイソックスの間に挟まれた白い太腿……そう、見えそうで見えない絶対領域!

 同時に、道中で見た衝撃の光景が頭をよぎる。

 あのスカートの奥に、さっきの黒い紐パンツが……。


――って、いかんぞ! いかんいかん!  勝負に集中しなくては!


 配られたカードはばらばらのノーペア。


「最初の宣言は、そっちでいいぞ」と、バッカス。


――ここは当然、ダウ……


勝負こぉーる!!」


――ンブッ! なんでその手でコールなんだよっ! アホかっ!


 しかし、ここで動揺を見せては相手に気取られると思い、必死にポーカーフェイスを貫く。

 手札を並べ替えながら何か考えているようなバッカスだったが……。


「ふん、こっちは……ダウンだ」


――ふうぅ――っ。


 自信満々のリリスを警戒したのか、バッカスが下りてくれたのは助かった。

 しかし、場代アンティが無いこのルールでは、ハッタリで相手のダウンを誘ってもほとんど意味がない。

 駆け引きがあるとすれば、手が出来すぎていた時にどう相手を勝負に引き込むか、というケースくらいだろう。


 とりあえず二回目はこちらが後出し。

 ルール上、向こうの出方を見て決められる後出しの方が若干有利だ。


 二ゲーム目、配られたカードは……。

 またしてもノーペア。カードチェンジで化ける可能性もかなり少ない。


――よし、相手がコールだったとしても、こっちは……分かってるな、リリス!?


 次の瞬間。


「こぉ――る!」と、高らかに宣言したのは、リリスだった!


 おぉぉぉぉぉぉいっ!

 後出しの順番なのに先に宣言しちゃって、しかもコールって!

 何考えてるんだこいつ!?


「だ……ダウンだ……」


 手札を並べ変えていたバッカスだったが、自信たっぷりのリリスを見て再びゲームを下りる。さらに、

 

「何だか知らねぇが、順番は変えねぇぞ。次もそっちが先だからな?」


 バッカスが念を押す。

 勝手にルールを無視して先に宣言したのはリリスだし、後出しが若干有利なルールなのだからそう主張するのも無理はない。


――リリスのやつ、どう言うつもりなんだ!?


 三ゲーム目、今度は⑤のワンペアは出来てはいるが……やはり、勝負に行くような強手じゃない。しかしリリスは、


「こぉ――る!」


 高らかに宣言する。


――こいつ、コールしか知らんのか?


 バッカスがダウンすると、リリスが振り返ってウインクをしながらVサイン。

 その拍子に手札が床に落ちてしまったので、拾い集めながらテーブルに近づいた。

 カードを捨て札の山に置きながら、恐る恐るリリスに尋ねてみる。


「おまえ、なんでコールしかしないの?」

「ダウンなんて、そんな逃げ腰な作戦、趣味じゃないの」

「おまえの趣味なんてどうでもいいんだよ! 別に逃げ腰ってわけじゃくて、良い手が入るまで待つって意味だから……」

「いいじゃん! 三連勝してるんだから」


 勝ってねぇよ! 流れてるだけだ!

 もしかしてこいつ、全然ルールを理解してない!?


「と、とにかくだ、次は相手が宣言するまで待て。で、コールかダウンかは俺が決めるから! いいな!」

「わ……分かったわよ……」


 四ゲーム目、不機嫌そうなオーラを隠しもせず配られたカードを確認するリリス。

 俺も一緒に後ろから覗き込みながら、思わず握り拳を固めた。


――きっ、きたっ!


 ハートの、⑨、⑩、ジャッククィーン、そしてスペードのエース、の五枚。


 Aの一枚チェンジで、フラッシュかストレートの両面待ち。

 ハートの⑧かキングならストレートフラッシュという超強手だ。

 こちらの捨て札にハートは少なかったし、⑧やKも捨てた覚えがない。

 言い方を変えれば、まだ山札に残ってる可能性が高いということだ。

 リリスはすこぶる不満そうだが……。


――これは……勝てるっ!


 俺の左手人差し指で光り輝くムーンストーン……頭をかすめかけたそんな映像を慌てて振り払う。変な皮算用をし始めるのはだいたい負けフラグだ。

 問題はバッカスがコールするかどうかだが……。


 唇をがらせたリリスの表情を盗み見ながら、バッカスが口を開いた。


「コールだ」


――きたぁ――っ!


 恐らく、リリスの不満は自分に主導権イニシアチブがないことに対してだろうが、そんな曇った表情が結果的にはポーカーフェイスになったようだ。

 ただの結果オーライだが……、


――でかした、リリス!


 振り向いたリリスに、人差し指と親指で輪を作ってゴーサインを出す。

 お前の強運を今こそ見せてくれ!


「こぉ――る!」


 リリスの宣言を聞いたあと、バッカスがチェンジカード一枚を場に出す。


 先程から手札を並べ替える様子を見ていると、ペアが出来ている時は二枚同時に持って動かしているようだ。

 今は、一枚一枚手にとって並べ替えていたので、ツーペアが出来ている可能性は低い。恐らく、フラッシュかストーレト狙いだろう。


 揃え損ねてワンペア同士でもこっちはそこそこ高めの数字。

 無役ブタ同士なら勝負は流れ。

 一枚チェンジ同士の真っ向勝負なら、こちらが勝つ確率が遥かに高いはずだ。


――いけ! リリス!


「四枚チェンジ!」


――なんでやねんっ!

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