11.最後のカード

「四枚チェンジ!」


――なんでやねんっ!


 バッカスがコールした瞬間に握った右拳みぎこぶしで、そのままリリスの後頭部を殴り倒してやりたい衝動に駆られる。


――あの手で四枚チェンジだと!? いったい何を……。


 と思って見ていると、リリスが手札を順に蹴り出していく。

 捨て札の山に向かって無常にも滑ってゆく、ハートの⑨、⑩、JジャックQクィーン


「おまえ、ハンド知ってるんじゃなかったのかよっ!?」


 たまらずリリスに駆け寄って耳打ちをすると、


「知ってるよ? スペードのエースが一番強いんでしょ?」


――それは役じゃねぇよ!


「コールを受けて四枚チェンジかよ? おまえんとこの使い魔は変わってるな?」


 吹き出すのを辛うじて我慢しているかのように、頬をヒクつかせるバッカス。

 さすがに、リリスがポンコツであることに気づかれたか?


 バッカスが、自分の手札四枚をサッとオープンにする。

 クラブの④、⑤、ダイヤ⑥、そしてハートの⑦。


――やはりストレート狙いだ! ストレート崩れのブタか、せめてワンペアなら充分勝算はある!


 バッカスが、配られた一枚のカードに手を伸ばし、持ち上げる。

 チラリとカードを確認すると、再びリリスと俺へ視線を戻した。


――どうした? 奴の手は何だ!?


 バッカスが、残り一枚のカードをゆっくりと捲る。

 現れた数字は……。


「スペードの⑧。ストレートだ」


 再び、グフフ、と笑いながら唇を歪ませるバッカス。


――作ってきやがった、ストレート……。


 リリスも、残した手札をオープンにする。

 当然、スペードのエースだ。

 さらに、配られた四枚のうちの最初の一枚を裏返すと、


――ハートの⑤!


 思わず俺は、頭を抱えてうずくまる。


――もし一枚チェンジだったら、フラッシュで普通に勝ててたじゃねぇか……。


 さらに、次のカードを裏返すリリス。

 スペードのエース


「紬くん、きた! スペードのエース、二枚目!」


 二組のカード、合計百四枚使っているから、同じカードが来ることも有り得る。

 満面の笑みで振り返るリリスに向かって、俺も力なく微笑み返した。


――それは、単なるワンペアなんだぞ、リリス……。


 しかし、さらにリリスがオープンしたカードを見て、俺のテンションが再び爆上がった。

 

――ハートのA!?


 これで、Aのスリーカード!

 と言う事は……残り一枚、⑤ならフルハウス、Aならフォーカード!

 当然、どちらになってもバッカスのストレートよりは上位のハンドだ。


――ラスト一枚に逆転の目が残ったぞ!


 バッカスの顔からも、余裕の薄ら笑いが消える。


「さっさと全部捲れ!」


 やや苛立ちを滲ませた恫喝に、しかしリリスはマイペースで、


「何よもう……こっちが勝ったようなもんなのに……」


 ぶつくさ言いながら、しゃがんで最後のカードに手を掛ける。

 リリス的には、一番強いスペードのAが二枚も来た事ですっかり勝利気分らしい。


「リ……リリィ――スッ!」

「なっ、なにごとっ!?」


 俺の大声に驚いたのか、ビクッと肩を跳ね上げたリリスの手元から、最後のカードが床に落ちてしまった。


「な、何よ紬くん! 急におっきな声だして、びっくりするじゃない!」

「わ、わりぃ悪ぃ……こっちまでついつい力が入っちゃって……」


 俺は急いで、床に落ちた最後のカードを拾い上げる。

 ゆっくりと持ち上げながら数字を確認。

 そのままテーブルの上に叩きつけた。


 最後のカードは――、


「スペードの⑤! フルハウスだっ!」


 チィッ! と、バッカスの大きな舌打ちが聞こえた。


「四枚チェンジでフルハウスだと? 馬鹿げてる!」


 確かに、馬鹿げているよな。

 この場面で四枚チェンジからのフルハウスなんて、普通は起こり得ない。

 ……そう、普通はな。

 でも、このフルハウスは、俺が強引に引き寄せた・・・・・・・・フルハウスなんだぜ!


「くそがっ!」


 バッカスが忌々しそうに自分の手札を投げ捨てると、そのまま宝具の入ったジュエルケースを無造作に掴み、


「ほらよっ!」


 と、こちらへ放り投げてきた。


――おいおい! 宝具を投げんな!


 慌ててキャッチして蓋を開ける。

 中に納まっていたのは、当然、先ほど見せてもらった宝具の指輪。


 ほ、ほんとに手に入れちまった! 魔力変換石!

 しかも、俺の誕生石でもあるムーンストーン!

 まさに、おあつらえ向きの一品だ。


 しかし、喜びと同時に、心の中で何かが引っかかっている。

 ポーカー勝負で何か仕掛けてくるかも……と警戒していたのだが、そんな素振りは見られなかった。


 ノームたちにとっては使い道のない宝具だからと言って、負ければ相手に塩を送るような勝負をダメ元で挑んでくるだろうか?

 なんとなく釈然としない気持ちを抱えながらも、


「紬くん、私が獲ってあげた指輪、早くはめてみてよ」

「う、うん……」


 リリスに急かされて、左手の人差し指に指輪をはめてみる。

 サイズはぴったりだ。

 ……と言うよりも、はめた瞬間、ゆるゆるだったリングが人差し指を締め付けるように縮んだ気がした。

 それを見ていたバッカスの口角が、醜く吊り上がる。


「グフ……グフフ……グフフフフ……」


 不気味な含み笑いが、室内に木霊した。


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