07.ムーンストーン

「見ての通りだ。こいつが俺の新しい使い魔、メアリーだ!」


 キョトンとしているノームたちの顔を一瞥しながら、急いでたかぶった気持ちを落ち着ける。


「今後……今後一切、俺の使い魔に指一本触れるな」


 俺とメアリーの間で視線を行き来させるバッカス。

 驚愕きょうがくから、徐々にあざけりをその眼差しに交えながら……。


「バカが……。亜人を使い魔にするなんて聞いたことねぇぞ?」

「前例なんてどうでもいい。ノームだって妖精だろう? 理屈は通ってるはずだ」

「理屈の問題じゃねぇ。人外のマナの消費量は、体の大きさやスキルだけじゃなく、むしろ脳の活動に大きな影響を受けるんだぜ?」


 チラリと可憐の方を見ると、俺の方を見ながら小さく頷く。どうやらバッカスの言ってることは事実らしい。

 亜人にとってのマナは、人間で言えばブドウ糖のようなイメージだろうか?


「し……知ってるさ!」

「なら、高度な脳機能を有する亜人と使役契約を結ぶ無謀さも分かんだろ。マナ濃度が極端に薄い人間の生活圏じゃ、数日で亜人の体調は悪化、すぐにあの世行きだ」


――そ、そうなの?


 チラリと可憐の方を見ると、俺の方を見ながら、やはり小さく頷いて見せる。


「し……知ってるしっ!」

「亜人もこのサイズじゃ、マナ消費量は他の魔物の比じゃねえ。人間界で活動するには、高級な薬や魔物肉で大量にマナを摂取し続けるしかねえのさ」


 高級な薬……。それがいくらくらいなのかは分からないが、現状、収入ゼロの俺が払い続けられるとは思えない。

 魔物肉にしても、言われてみればそんなものが食卓に上がった記憶もない。


 でも……何か、手があるはずだ。魔力だけは腐るほどあるんだ!


「し、使役契約を結べば、俺の魔力をマナに変換して養うことができるんだろ!?」

「だから、それが無理だっつってんだろぉ――がっ! そんな量のマナを使役者が供給し続けるなんて自殺行為だし、そんな事ができる魔具だって――」

「兄貴、ちょっと、いいですかい?」


 テーブルに座っていたモヒカンのノームが話を遮ると、バッカスの方へ顔を寄せて何やら耳打ちを始めた。

 聞きながら、バッカスの眉根が徐々に開いてゆく。


「確かに……手がないわけじゃねぇのか……」


 俺の顔を見ながら、口元に嫌な笑みを浮かべ始めるバッカス。

 あれは、ろくなことを考えてないやつの顔だ。

 モヒカンの話を聞き終わると、再びバッカスが続ける。


「そう言やすっかり忘れてたが、この集落に伝わる〝恩恵グレイス〟ってのがあってな」

「……グレイス?」

「簡単に言や、宝具のことだ」


 バッカスの話は、こうだ。

 この世界の大地には、マナを大量に放出するホットスポットが点在していて、ノームを始め多くの亜人が、そのホットスポットにダンジョンを建設している。

 ダンジョン内にはマナを効率よく集束させるための祭壇が設置されており、約一年をかけてさまざまなアイテムが生成されると言うのだ。

 それを亜人たちは〝恩恵グレイス〟と呼んでいるらしい。


 グレイスの内容は完全にランダムで、ほとんどは石ころ、良くてただの宝石や装飾品と言ったたぐいのものなのだが、稀に特殊な能力を持った物も生成されるらしい。

 それが、宝具として、ダンジョンを管理する亜人の集落に受け継がれているというのだ。


「……その宝具が、どうしたってんだ?」

「集落に伝わっている宝具は二つ。そのうちの一つが、おまえら魔物使いビーストテイマーが使うような魔力変換石なんだが……おい、その辺の棚にしまってあったよな?」


 テーブルに腰掛けていたもう一人の眼鏡の男に宝具を探すように指示を出して、バッカスが話を続ける。


「亜人じゃ体内に魔力を持ってるやつなんていねぇし、宝具だけあって魔力の変換量も半端じゃねえ。ぶっちゃけ、俺らが持っていても宝の持ち腐れなのさ」


 あったあった、と言いながら、棚を漁っていた眼鏡の男が戻ってくると、テーブルの上にほこりの被った灰色のジュエルケースを乗せた。

 宝具と言うわりにはなんともぞんざいな扱いだが、いくら希少品でも使えない道具となればこんなものなのかもしれない。


 プ~ンと、何かこうを焚いたような匂いが鼻腔をくすぐる。

 ラズベリーのような匂いだが、それ以外にも色々混ざっているような香りだ。


――この古ぼけたジュエルケースから匂っているのだろうか?


 バッカスがケースの蓋を開けると、中から、青白く光るオーバルカットの宝石をしつらえた指輪が出てきた。


――あれは……ムーンストーン!?


 別に宝石に詳しいわけじゃないが、ムーンストーンは六月生まれの俺の誕生石なので覚えていた。

 話の流れから考えると、あれがバッカスの話していた魔力変換石なのだろう。

 指輪型ということは、恐らく初美はつみが持っていたラピスラズリのリングと同じような、常時放出型の魔力変換魔具と見てよさそうだ。


「どうだい? ちょっとした余興のつもりで、こいつを賭けて一勝負しねぇか?」


 そう言いながらバッカスが、テーブルの上のカードを無造作に掴んで見せた。

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