06.死が二人を別つまで

「言っとくがリリスはつえぇぞ。俺が一声かければ、一瞬でこの部屋の全員を串刺しにできる。抵抗するなら、迷わずらせる。本気だっ!」


 俺も冷静な判断は出来ていない。それは自覚している。

 でも、メアリーのあんな姿を見せられて、躊躇なんてしていられるか?

 俺が責任を取ると言ってここまで連れてきたんだ。

 ここでメアリーを放り出して地上に戻るなんて、出来るはずがない。


――ノーム全員を敵に回してでも、メアリーのことだけは何とかしないと!


 しばし俺の目を見ていたバッカスが、こちらの覚悟を悟ったのか、おもむろに両手を挙げて降参をするようなポーズを取った。


「分かった分かった。ツムリ……だったか? メアリーの事はちょっとした冗談だって。はは……」

「あれがか? 服を脱がせて、涙まで流させて……冗談で済むわけねえだろ!」

「そりゃ確かに、身寄りのない女が妾婦しょうふになるって風習はあるが、いくら俺だってこんなガキと楽しむ趣味なんてねぇよ」 


――嘘つけ! ヤル気満々だったじゃねぇか、このロリコン野郎が!


「おまえ、テイマーか? まずはこのお嬢ちゃん、引っ込めてくんねえかな?」


 と、レイピアの切っ先に注意しながら、リリスを顎で指すバッカス。


「な? 落ち着いて、話し合おうぜ?」

「その前にまず、武器を返せ」


 バッカスが目配せをすると、クールが恐る恐る可憐かれんにクレイモアを返却する。

 それを見て、俺も六尺棍をリリースした。

 同時に、元のサイズになって俺の肩へ舞い戻るリリス。


「いっそっちゃえば良かった?」

「いや、むしろ、よく抑えたよ」


 メアリーを助けたかったのは事実だが、バッカスを殺してさらに事を荒立てるのが愚策だということくらいは判断できていた。

 牽制だけで済ませたリリスの判断は、そんな俺の意図ときちんと一致している。

 もしかすると、使い魔らしく、だいぶ俺の思考に同調シンクロするようになっているのかもしれない。


「下手な真似はするなよ。俺に何かがあれば間違いなくうちのリリスがおまえらを殺す。そういう契約で使役してるんだからな」


 でまかせだ。しかし……


「わ、分かってるって、そうイキり立つんじゃねぇよ」


 忙しなく首を縦に振るバッカスを見る限り、それなりにハッタリは効いているようだ。


「た、ただ、アレだアレ……。今から昇降穴へ向かうのはやっぱりした方がいいぜ。緊急時ならいざ知らず、悪い事は言わねぇから明日にしろ」


 確かに、俺もあのコウモリの中を潜って歩くというのはちょっとゾッとしない。

 バッカスも、俺たちのためを思ってと言うより、案内役として自分たちもそんな場所に足を踏み入れたくない、という気持ちが強いのだろう。


 さらに、今日はリリスを二回使っている。

 三回目が必要になった時、まともに使役できるかどうか、正直自信がない。

 もちろんそのことは、この下衆共には秘密だが……。


「いいだろう。但し、この子の寝る場所も俺たちと一緒だぞ?」


 バッカスみたいな連中が仕切ってるところで、一時いっときも目を離したくはない。


「ああ、分かってる。長老衆のエリアならテントの一つや二つは空けられるだろ」


――長老衆がテント使ってるのかよ。


「ただ……」と、バッカスが続ける。

「セレップを地上に一緒に連れてくのは無理だぞ? 協定のことは知ってんだろ? 養子だろうが婚姻だろうが、亜人と人間が血縁になるのは禁止されてんだぜ?」

「ああ。……だが知ったこっちゃない。ここで暮らすためにあんな扱いを受けるなら、たとえ人間社会にいられなくなったとしても、俺はメアリーを連れて帰る」


 俺のローブの裾を、メアリーがギュッと掴むのが背後から伝わってくる。


「まあ、慌てんなって。さっきのは冗談だって言ったろ? おまえらの気持ちもよく分かったし、ここは俺の権限で良くしてくれそうな家族、探してやるからよ?」


 正直、この手のキャラのこの手の発言が全く信用できないのはお約束だ。

 先程のメアリーへのはずかしめにしても、とても冗談で済ませられるレベルじゃない。


 そもそも、なんでこいつら、メアリーにここまで冷たいんだ?

 まるで、生きていられたら困るかのような態度だ。


 もしかして、何か本当に困る理由でもあるんだろうか?

 だとしたら、仮に有望な家族が見つかったとしても、俺たちが居なくなった後ならバッカスの権限でどうにでもできるんじゃないか?


――やっぱり、メアリーをこのままここに残していくなんてできっこない!


 少なくとも、こいつらみたいな連中が幅を利かせてるうちは絶対にダメだ。

 なんとかメアリーを連れて行く理由を探さなきゃ。

 しかもそれは、こいつらに対してだけではなく、人間社会に戻っても通用する理由でなければならない。


「この子は……メアリーは、俺が連れていく。おまえらには預けてはおけない」

「おいおいツムリさんよぉ……さっきから何度も言ってんだろ? あんなとこ見た後だから信用できないのも分からないではねぇが、連れてったところで捕まって送り返されんのがオチだぜ? そもそも亜人が人間の生活圏でなんて……」


 バッカスの言葉には答えず、俺はメアリーの方を向く。

 結婚もダメ、養子もダメならもう、これしか思いつかない。


「メアリー」

「は、はいパパ」

なんじ、セ、セレ……セレピティコは、死が二人を別つまで、俺の使い魔としてその使命を全うすることを誓うか?」


 メアリーが目を丸くする。

 いや、メアリーだけじゃない。可憐やリリスからも今のメアリーから似たような空気が伝わってくる。

 正直、誓いの言葉は適当だ。だいたいこんな感じかな? という文句を適当に作ってみただけなんだが、なんとかそれっぽく映っているだろうか?


「誓うか?」

 

 もう一度問いただす俺の声に、メアリーが三回ブンブンブンと頷いて、


「ち、誓いますよパパ!」


――いや、もう、パパじゃまずいんだけどな……。


 どうよ!? ……という問い掛けを眼差しに込めて、可憐の方を振り返る。

 考え事をするように視線を宙に向けていた可憐が、首を捻りながら、それでも小さく頷いたのを見て安堵あんどする。

 彼女にとっても俺の発言は想定外だったようだが、とりあえず無しではないかも……と言った感じのようだ。


 もう一度、バッカスの方を睨み付け、


「見ての通りだ。こいつが俺の新しい使い魔、メアリーだ!」


 俺は、宣言した。

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