05.憤怒

「聞こえなかったのか? 服を脱げっつてんだよ、セレップ!」

「――!!」


 語気を強めたパッカスに、うつむいたまま身体を硬くさせていたメアリーの肩が小さく跳ねた。


「ちょっと待てコラァッ! そんな小さな子に何させようってんだ!?」

「何って……」


 バッカスが片眉を上げ、俺の方へギロリと視線の矛先を向ける。


「身寄りが無くなったガキは、男子なら労働力として、女子なら家長の妾婦しょうふとして世話になるのは普通のことだろうが。……人間は違うのか?」

「違うに決まってんだろ!」


 いくらここが俺の住んでいた元の世界と違うと言ったって、そんな非人道的な風習が一般的なわけがない。

 その証拠に可憐だって……。


 反射的に背中に回した手で虚空を掴み、ほぞを噛んでいる。

 クレイモアを背負っていたなら迷わず抜いていたであろう、憤った横顔だ。

 そんな俺たちの様子を眺めながら、口元に下品な笑みを浮かべるバッカス。


――こいつ、まさか、俺たちの反応を楽しんでいるのか!?


「てめぇら、妙な真似すじゃねえぞ?」


 口元の笑みを隠そうともせず、バッカスが続ける。


「亜人と人間の協定違反ともなれば、下手すりゃ極刑までありえる重罪だからな? ノームにはノームの風習があるんだ! 黙って見てろ!」


 そう言うと、もう一度メアリーの方へ向き直り、


「さっさとその汚ねぇ服を脱げ。妾婦にするっつっても限度ってもんがあるからな。俺が抱くに相応ふさわしいか身体検査してやる!」

「こ……こんな所で……いや、です……」


 メアリーの搾り出すようなつぶやきに、しかしバッカスは、ドンッ! と拳で激しく机を叩きながら、


「自分で脱がねぇならこいつらにやらせるぞ!」


 カードに興じていた他の三人に目配せする。

 男が二人に、女が一人。

 恐らく、バッカスを含めてテーブルを囲んでいる四人が、ジュールバテロウ家の連中なのだろう。


 メアリーが、諦めたようにゆっくりとボタンを外してローブを、さらに、下に着ていた二枚のシャツを脱ぐ。


「止めろ、メアリー! こいつらの言うことなんて聞くんじゃ……うぐぅ!」


 鳩尾みぞおちに、鋭い痛み。

 俺の腕を押さえていたキールが膝蹴りを食らわせてきたのだ。


「バッカスの旦那が静かにしてろ、っつってただろうが! 黙ってろクソガキ!」


 さっきまで、無愛想ながらも最低限の礼儀は守っていた連中が、バッカスの態度に流されるように高圧的になっていく。


 ほぼ同時に、テーブルを囲んでいた一人、この部屋では唯一の女ノームが「早くしなさいよっ!」と、ヒステリックな声を上げた。

 ポンパドールにした水色の髪に、メアリーと同じような白い肌。人間で言えば二十代後半くらいの面持ちだが、実際は八十年くらい生きているのだろう。

 美人ではあるが、歪んだ口元やこめかみの青筋からサディスティックな印象を受ける。


 メアリーがビクッと肩を震わせ、再びおずおずと手を動かすと、肌着も脱いで床に落とした。

 あらわになったのは、人間で言えば七歳前後の身体――まだわずかな膨らみすらない、華奢でまったいらな、透き通るように白い幼女の半身。

 しかし、こんな形で脱衣を強要されるなど、いくら子供の精神年齢とは言え、自尊心を踏みにじられるには十分過ぎる仕打ちだ。

 

「おぉ――まぁ――えぇ――らぁぁぁ……何やってんだっ! やめろクズどもっ!」


 唸りながら前に出ようとする俺の両腕が、しかし、キールとクールにガッチリと押さえつけられる。

 可憐も、抑えられてこそいないが、カールが剣の柄に手を掛けながらしっかりと目を光らせているため迂闊な行動は取れない。


「下もだ! もたもたするんじゃねぇ――っ!」


 バッカスの怒声が容赦なくメアリーに浴びせられる。

 腰のホックを外し、羞恥に唇を噛みながら、スカートから手を離すメアリー。

 細い足を伝い、するりとスカートが床に落ちると、ついに下着とブーツだけという痛ましい姿に変わる。


「こいつ、パンツの尻に豚なんて描いてあるぞ!」


 ヒヒヒと笑いながら、テーブルに座っていた一人……モヒカンの小男がメアリーのお尻をポンポンと叩く。

 バッカスも、メアリーの股間を撫で付けるように、下着の上からその図太い指を一本一本わせてゆく。


「さすがにまだ、男は知らねぇだろ? 教えてやるよ。さっさとこれも脱げ」


 唾液を口内に溜めきったような、淫猥な濁声。


 ついに、メアリーの両目から大粒の光る珠がポロポロとこぼれ落ち、足元の床を濡らしていく。


 その時――。


「その手を……離せ、下衆野郎共……」


 自分でも驚くほどに暗澹あんたんとした呟きが、腹の底から口をいて溢れ出てきた。


 このドス黒い感情は、何だ?

 表現するとしたら……そう、〝憤怒ふんぬ〟だ。

 心の底から湧き上がる、理性で抑えることのできない、全身が震えるような怒り。


「俺つえぇぇぇ……」


 部屋中の視線が俺の両手に集まる。

 そこに握られている六尺棍ろくしゃくこんを見て、全員が息を呑む。


「な、なんだ、その棒っきれは? どっから出しやがった?」


 カールがそう言い終る頃にはすでに、リリスがバッカスの咽元へ、机越しにレイピアの切っ先を突きつけていた。

 無論、メイド騎士モードだ。


 トランス状態になると、普段の能天気さが陰を潜めるリリスだ。

 しかし今、下劣な者を蔑むようなその眼差しには、いつにも増して静かな怒りの色が広がっているように見える。


「ご主人様が、手を離せと言っています。下衆野郎」


 凍てつくようなリリスの声と眼差しに気圧され、メアリーの身体に触れていたバッカスとモヒカンが慌てて手を引っ込める。


「メアリー、服を着てこっちへ来い」


 俺の声にハッと我に返ると、急いでローブだけを羽織り、涙を拭きながら床に散らばった服を拾い集めて俺の後ろまで駆け戻るメアリー。

 可憐も、今度は俺を止める気配はない。


――もう大丈夫だ、メアリー! これ以上、泣かせるもんか!


「今すぐ昇降穴に案内しろ。でなきゃこいつが……リリスがここで全員たたっ斬る」


 俺の言葉に、バッカスが引きつった笑いを浮かべながら、


「お、おま……そんなことしたら、どうなるか分かってんのか? 不干渉協定違反者は、下手すりゃ極刑まである重罪――」

「知ったこっちゃねぇ! ここでメアリーを助けられないような社会ならこっちから願い下げだ!」


 バッカスはもとより、テーブルの他の三人、そして、レアンデュアンティアの三兄弟までぐるりと睨み付けて、俺はさらに言葉を繋げる。


「言っとくがリリスはつえぇぞ。俺が一声かければ、一瞬でこの部屋の全員を串刺しにできる。抵抗するなら、迷わずらせる。本気だっ!」

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